Operation ‘AQUARIUS’

海兵隊哀歌:グレコフ少尉の手記より

中野[肉屋]達郎

 ちくしょう! なんてこったい。いきなり出航だと? 休暇は取り消しかよ、そりゃないぜ! 今度の休みは、女房と2人で結婚記念日を祝う予定だったってえのに……あ〜あ、こんなことが続くと、そのうちオレの写真が入った額縁をひっくり返すようになって、そして………
 「よう! どうしたい? 浮かない顔をして」
 カルロス少尉か…。こいつはいい奴なんだが、物事を深く考えられないのが欠点なんだよなあ。
 「狩り出されたことが不満なのかい? まあそうだろうな。ここのところ外惑星側を牽制するために連続して出動だったからなあ。でも、逆に言えばそれだけ俺達は頼りにされている証拠だろう?」
 なに気楽なことぬかしやがる! それは俺達の人権が無視されている証拠じゃねえか。くそ、嫌なことを思いだしちまった。こいつは以前、おれがそういった途端、(それも「人権」ってとこで)ニヤリと笑いやがったっけな。しかも嘲笑うんですらなく、いかにも寛容そうな、<暖かな微笑>でな!
 「なにしろ俺達がいなければ何艦ものフリゲートが必要なところをたった1艦で哨戒できるんだからなあ。やっぱり俺達はアクエリアスの主戦力だぜ!」
 おいおい、おまえは海兵隊がほかのクルーからどう思われているのか知らんのか?
 奴らにしてみれば、臨検以外には役に立たんくせになにかと艦内スペースをかっさらう海兵隊は、はっきり言って邪魔物以外の何物でもないんだぜ。まったくこいつは気楽な奴だよ……。それにしても今回の出動はどうも解せんな。外惑星側を牽制するのが目的ならば派手に出航を誇示するのが妥当なはずだろうに、緊急召集までかけた割には妙にこっそり出航しやがった。おまけに航路はいかにもありふれた旅客航路だし……。
 《テムジン中尉より通達する。海兵隊員は、全員ただちにブリーフィング・ルームに出頭せよ。繰り返す、海兵隊員は全員ただちにブリーフィング・ルームに出頭せよ》
 へいへい、わかりましたよ。まったく、考え事しているヒマさえありゃしない。


 なんだって!? こんな太陽の近くで戦闘を行なえだってえ???
 正気かよ! ちょっと間違えば、アッという間にローストチキンになっちまうぜ。
 だいたい今回の作戦はメチャクチャじゃねえか! 休暇取り消しで出航させた割にはなんてことないコースをひっそり航行し、突然コース変更したかと思えば猛訓練の繰り返し、おまけに今度は太陽近傍で戦闘をしろときたもんだ。いったい艦長は何を考えているんだ! これじゃあ特別手当をもらったくらいじゃ合わねえぜ。もっとも、あの主計どもがそんなモノ出すとはとても思えんが。それにしてもついてねえぜ。B小隊の方に所属されていれば待機していられたのに、俺達A小隊は切り込み部隊をやれときたもんだ。くそったれめ!
 「いやあ〜、ウデがなるなあ! なにしろこんな太陽の近くで戦闘するのは戦史上俺達が最初だろうからな」
 ……この気楽なセリフは、たぶんヤツだろうな。
 「なあ! グレコフ、そうだろ? これでオレ達も宇宙のパイオニアの一員だ」
 やっぱりカルロスか……。こいつの頭には心配とか不安とか言う言葉はないのか! それにしても隊長はいったい何をしているんだ? 文句の一つも言ってやろうと思っていたのに、まだ来やがらねえ。こっちゃあ、こんな狭い兵員モジュールの中でじーっと待っているってのによ。すぐに発進するんじゃねえんなら、いっそのこと外で待たせてくれねえかなあ。俺達は素人じゃねえんだから命令が下った瞬間に配置に付いて見せる自信があるのに、こんな狭苦しいモジュールの中で待たせることも無いだろうによ!*
 「よーし、みんな配置に付いたか?」
 とっくに付いてますよ。隊長がのんびりやって来る前からね……
 「それじゃあ装備の最終点検をしておけ。間もなくハッチを閉じるから後で忘れ物をしましたと言っても間に合わんぞ」
 わかってますよ! 子供じゃあるまいし。弁当も、オヤツも、ちゃ〜んと規定通り、たっぷりとね。相手が動乱時の正規軍でも戦えまっせ。
 「では発進待機にかかる」
 もう後戻りは出来んな。あとは精一杯やるだけさ。いいだろう、敵がどこのどいつであろうとかまわん、海兵隊の実力を見せてやるぜ!


 はあぁ〜〜喰った喰った。戦闘食レーションとはいえ、丸1日ぶりのメシだぜ。これでようやく人心地ついたな。それにしても、ひどい戦闘だったなあ。大した抵抗が無いのは良かったが、脱出がもう少し遅れてたら俺達までお陀仏だったぜ。まったく、バカな奴らだよ。太陽の近くを通る軌道を選んで目的地を隠匿するのは良いが、ロクな熱対策をしてないもんだからミサイルの推進薬が揮発しちまって発生したガスで死んじまいやがった。いくらテロリストとはいえ、あれじゃあ浮かばれねえ。
 あんな死に方だけはしたくねえな。
 《全海兵隊員につぐ、非直のものは全員直ちにブリーフィング・ルームに集合せよ!》
 休憩ぐらいさせろよ! いくら海兵隊がタフだからと言ったって限度があるぜ! まったく、だから軍はいやなんだよ。兵隊は単なる部品だと思ってやがる。で、今度はいったい、何なんだ? カリストかガニメデでSPAが武装烽起でもしたってのか!?
 「全員そろったか。それでは今後の訓練日程を発表する」
 まったく、何かと言えば訓練訓練、他にやること思い付かないのかねえ、上の連中は。 「本日より1週間は戦闘訓練は行なわない。その間、しばらくはシュミレーションを中心とした机上トレーニングを行なう」
 なに!? 訓練無しだと???……信じられん! いったい、どういう風のふきまわしなんだい?
 「それは俺達に休暇をくれる、と解釈してよいですか?」
 「そういうことだワーウィック。俺達だって人間なんだから、たまには休まなければ身が持たんからな」
 話せるぜ隊長! やっぱり、ダテに指揮官やってませんね。
 「ただし! 1日2時間の筋力トレーニングだけは忘れるなよ」
 わかってますよ親分。ま、訓練に比べれば筋力トレーニングなんてヒマ潰しみたいなもんだから。
 「ありがてえ。これでゆっくり寝てられるぜ。もっとも、本当ならば今頃は女と寝ているはずだったんだがなあ」
 ばか! カルロス、余計なことを言うな!! 隊長が機嫌を損ねて休暇を取り消したらどうするんだ!
 「そう言うな。俺だって野郎と一緒に寝るよりは女と寝たいんだから」
 ホッ……さすが隊長、太っ腹だぜ。それにしてもカルロスのアホめ! 運良く寛大な指揮官だから良かったものの、そうでなければ、今ごろ緊急訓練でもさせられていたぜ。全く、物事を深く考えられないコイツの癖は何とかならないのか!?


 《全海兵隊員に告ぐ! 総員、直ちに真空戦闘装備にて格納庫に集合せよ! 繰り返す。全海兵隊員は直ちに真空戦闘装備にて格納庫に集合せよ!》
 あ〜〜あ、天国の1週間も、もう終りか。また今日から訓練の日々が続くのか。
 「よーし、みんな揃ったな。どうだ、たっぷり休めたか?」
 おかげさまで。
 「では本日から訓練を再開する。まさかこの1週間で体がなまっている奴はいないだろうな。そんな奴はビシビシ鍛えてやるぞ」
 任せてください。1日2時間の筋力トレーニングだけは欠かしませんでしたから。
 「よし、では全員これを付けろ」
 なんだこりゃ! 分隊通信機じゃねえか! 隊長〜、新米や素人じゃあるまいし、俺達はいくら何でも1週間やそこらで感覚は鈍りませんぜ。こんなもん使わなくても、訓練の意志伝達くらい身振り手振りだけで充分こなせますよ〜。
 「……は第4分隊長、ワーウィックは第5分隊長、グレコフ、君は第6分隊長に通信モードを合わせてくれ」
 なにいィ〜! たった12名を6班に分けるのか?????
 「本日は指揮戦闘訓練を行なう。この1週間、シュミレーションで鍛えた成果を発揮できるよう、頑張ってくれよ」
 どういうことだ? 今までにも指揮戦闘訓練を行なったことはあったが、せいぜい、多くて3班か4班に分ける程度だったはずだ。それを今回は6班にまで分けるなんて、いったいどうなってい−あ! まさかこれはアクエリアス全乗員での陸戦を想定しているのか? だから分隊通信機を使うのか……
 「アイランド! 聞こえるか? 艦載機パレットを外に出してくれていいぞ。よし、これでステージは上等だ」
 すると、これはコロニー襲撃訓練なのか。
 「全員良く聞け! これより想定状況の説明を始める。まずは気閘急襲から市内制圧までの手順だが……」
 まさか、本当にカリストかガニメデを強襲するつもりなのか? そんなことしたら、せっかく落ち着きかけている外惑星情勢に再び火を付けてしまうぞ!
 「……以上が今回の想定のあらましだ。何か質問は?」
 どうやらクーデターか何かの動きがあるらしいな。でなきゃこんな明らかなコロニー襲撃訓練をするわけが無いからな。
 「では訓練を始める。全員散開せよ!」
 くそ! また外惑星動乱か? 何とか避けられんのか! 真っ先に死ぬのは俺達なんだぞ!


 今日は仲間の海兵隊員の宇宙葬を行なった。ちくしょうめ、なんてことだ! まさか戦争も起きないうちから死者が出るなんて……
 あのあばずれめ! 精神障害を受けたふりなんかしやがって、その実、秘かに破壊工作のチャンスを狙ってやがったな? あんなアマ、さっさと訊問でも拷問でもやってやりゃあ良かったんだよ。テロリストどもに捕虜の人権もクソもあるか!
 「あの女を恨んじゃあいけないぞ」
 カルロス? おまえいったい、何を言いだすんだ。
 「仲間を殺されて悔しいのは俺だって同じだ。もしも最初に運用制御室に飛び込んだのが俺だったら、やっぱりあの女を絞め殺そうとしただろうな。だがな、今後の戦いに私怨を持ち込むのは禁物だぞ。これは理想論なんかじゃない。怨みってえのは判断力を狂わせちまう。そして自分が生き残る事より敵を殺すことにばかり気を取られてしまう。その結果として自分だけでなく、仲間まで余計な危険に晒すことになる。ちがうか?」
 ……そのとおりだ。
 「なあ、そんなにクヨクヨするな。俺達海兵隊は常に戦いの最前線に出る部隊なんだから、死神とはお友達なんだよ。そういやあ昔のSPA陸戦隊のコードネームはずばりタナトスだったっけな。だからこそ仲間を殺された悲しみより自分が生き残れた喜びを噛みしめよう。そのほうが健康的だし……」
 こいつ、ずいぶんと鋭いところを突いてくるな。すると、今までの態度は自分を作っていたのか?
 「それになんてったって、俺達海兵隊はエリートなんだからなぁ。ぬわはははははは」
 ……やっぱり、ただの軽い奴なのかな……。わからん、どうもこいつは謎だ。
 《全海兵隊員に告ぐ! 総員、直ちに真空戦闘装備にて格納庫に集合せよ! 繰り返す。全海兵隊員は直ちに真空戦闘装備にて格納庫に集合せよ!》
 どんな時でも訓練は行なうんだな、陸戦部隊は。喪に伏すヒマもありゃしない。
 「さあ、いこうぜ! こんな時は訓練で嫌なことを忘れてしまうのが一番良い」
 わかったよカルロス。俺達は海兵隊だ。どんな時でも頼りになるエリートでなければいけないんだな。


海兵隊員

 「全員揃ったか」
 「アクエリアス海兵隊、総員12名、うち1名欠、現在11名、異常なし!」
 「よーし。ではこれより作戦を説明する」
 いよいよ、今までの妙な航行スケジュールの理由が明かされるんだな。
 「すでに諸君も気がついていると思うが、我々はこれより天王星系エリヌスへ向かう。現在、エリヌスではSPAによるクーデターが進行している。我々の任務はこれを制圧し、SPAの武装解除を行なうことである」
 やはりそうか。天王星系で政情不安定な所は、エリヌス以外には考えられないからな。武装解除と言えば聞こえはいいが、要するにエリヌスを占領するということだろう。
 「まもなく当直の者を除いた全員で陸戦隊が編成される事になる。その内訳は5分隊で、海兵隊A小隊を除く全員を4分隊に分ける。B小隊の諸君はアクエリアスの乗員で編成されたそれぞれの部隊の分隊長、又は副分隊長を受け持ってもらう事になる。作戦内容はチュー大尉の率いる分隊が陸戦隊本部を設置した後にSPAの拠点を一気に攻撃する。攻撃目標は4ヶ所、市庁舎及び公安部オフィス、航空宇宙軍通信基地、放送局、そしてダウンエリアの生活機構管理システム工場だ。ダウンエリアの生活機構管理システム工場は最長距離侵攻となるので、A小隊をそのまま投入する。何か質問は?」
 「ありません!」
 「よし。じゃあ手順を説明する。まず第1、2分隊がコスモホークA,Bで先発する。その際に、陽動作戦としてスターファイターA,Bがポート・エリヌス宙港を襲撃する。我々はその混乱の隙を突いてオールドベースからエリヌス・カントへの侵入を行なう。気閘を確保した後、第3、4、5分隊の到着を待って一気に侵攻を開始する」
 どうやら隊長はこのことを知っていたようだな。でなければ、あんなに指揮戦闘訓練ばかり繰り返すはずがないからな。
 まてよ? とすると、SPAがクーデターを起こすことも、すべてシナリオ通りってわけか?
 「……市内の要所を制圧した後、一部を除いて陸戦隊員はエリヌス・カントの警備に当たる事になる。高等弁務官を含む支援部隊が到着するまでは基本的にダウン・エリアの方には侵攻を行なわない」
 茶番だ! 初めっからエリヌスに傀儡政権を打ち立てるつもりだったんだ! あの警務隊の大佐が乗艦して来たのも、このためだったんだな。全ては予定どうりという事か……
 「言うまでも無いことだが、必要以上の発砲は禁止する。我々はあくまでエリヌスの開放に向かうのだ」
 言葉の遊びはやめてくれ! どう言い繕ってみたところで侵略する事に変わりは無いのだから。
 「では、全員艦載機格納庫へ移動せよ。そこで各分隊の隊員と細部のブリーフィングを行なう」
 ……たとえこれが初めから計画されていた事であろうとも、命令を忠実に実行する事が俺達の任務なんだ。そうだ! 俺達は海兵隊だ! 陸戦隊のエリートなんだ! たとえどのような命令であろうとも必ず遂行できることが誇りなんだ! 敵がどのような相手であっても戦って見せるぞ……


 今回の事件は全て航空宇宙軍の手のひらの上で行なわれた事だったんだ。太陽近傍でSPAの部隊を殲滅したのも、タイタンからの部隊にエリヌスの襲撃を成功させたのも、いやそれ以前にSPAに武器を渡した闇商人ですら、ひょとしたら航空宇宙軍の警務隊あたりのエージェントだったのかもしれない。もしそうだったのならば全て納得が行く。これから先、エリヌスは航空宇宙軍の衛星国家として外宇宙戦略のための重要な拠点となる事だろう。でも俺達海兵隊は、所詮は将棋のコマに過ぎない。どんな思惑で作戦が進められようとも、黙ってそれに従うしか無いんだ……。そりゃあ初めは海兵隊を辞めようかと思ったこともあったさ。でも良く考えてみれば、仮に俺が辞めたところで他の誰かが替わりにやるだけの事だし、第一、こんな形で海兵隊を辞めたところで何処にも雇ってくれるとこなんかありゃしない! 航空宇宙軍の力は凄まじいものがあるから、結局は戻ってくるか、何処かで野垂れ死にするかのどちらかだろう。
 しかし、今回の事件について、こんなに深刻に考えているのはどうやら俺だけらしい。それどころか仲間のほとんどは、むしろ今回の事件を海兵隊の実力を知らしめるための絶好の機会だったと考えているようだ。
 特にカルロスに至っては、今回の事件を歌にして遊んでいやがる。

今日〜は天王星〜、明日は冥王星〜
S〜P〜A利用して〜、傀儡作る〜
暴動〜、反乱〜、ワシら〜が潰す〜
陸〜の男の艦隊勤務
月、月、火、水、木、金、金

 まったく、気楽なやつだよ。




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