Operation ‘AQUARIUS’

ゾディアック級における情報処理システム

阪本[隊長]雅哉

総論

 ゾディアック級フリゲート艦の情報処理システムを構築する際に中心となった思想は、分散処理と多重化とネットワーク化であると思われる。分散処理と多重化は、処理装置を多数用意し問題によって処理を複数のCPUに分割すること、また同一の処理を複数のCPUでおこなうことで能力と信頼性を向上させることを意味する。そのすべてを繋ぎ全体をひとつの有機的な情報システムとしてまとめるのがネットワーク化である。
 艦内には、中央処理システムを中心として、要求される能力(通信速度、量、回線数など)とその制御すべき機器群によって分類され階層化された構造を持つネットワークが構成されており、すべての設備、情報端末はこのネットワークに接続されている。
 操作、制御、通信などのすべてがこのネットワーク内で処理されるため、ネットワーク内で常時相互関係を持つシステムはトータルで数千のオーダーにもおよんでいる。さらにネットワークを構成するシステム間で相補的な構成がとられていて、負荷の片寄りがあった場合などには遊んでいるコンピュータに他のシステムの仕事の一部が回され負荷の分散が図られる。そのため故障したハードウェア(回線や機械)があった場合にはそれに割り当てられていた機能は他の装置に分散して割り当てられ、全体としてのパフォーマンスは低下するが機能は失わない(ゆっくりと壊れていく)システムとなっている。

制御系

 システム間の接続は、それぞれの主要システム間を光ファイバーによって不完全ネット状に接続されている。直接接続されていないシステム間では複数の経路の中から通信状況(故障や破損もありうる)に応じて処理量、時間が最短(に近い)の経路が動的に選択され通信がおこなわれる。その他のシステムはどれかのシステムと直接、間接に接続されており地域的に独立した下位のネットワークを構成している。またネットワークの通信を阻害するような低機能の装置も下位のレベルのネットワークを構成し、ゲートウェイを通して接続されている。
 通信回線用の光ファイバーケーブル(とくに装甲シャフト外に配線されている部分)は構造上もっとも脆弱な部分となるため、通信は複数の経路を持つように構成されている。回線経路はネットワークのノードに存在する回線制御用のコンピュータにより常に監視されている。そのため特定の経路で通信障害が発生した場合その場所のダメージをうけたことを発見することができる。
 この高密度のコンピュータ環境が有機的に連携し協調して働き、さらに全体の間で統一性をたもってネットワークやデータの管理をおこなうには高度な通信処理システムが必要となる。
 通信回線状況は回線制御コンピュータが把握しているがさらにその上位に状況に対応してネットワーク全体を管理するネットワークシステムが構成されている。
 統一されたネットワークシステムの中でデータなどの管理をおこなうのが中央処理システムである。中央処理システムはバックエンドプロセッサとして働き、直接人間との対話や機械の制御はおこなわない。処理の中心はそれぞれのユニットから送られてくるデータとネットワークの管理で情報の流れを常に管理している、また他に制御ユニットや情報端末では処理しきれない計算の実行をおこなっている。
 中央処理システムのハードウェアは3基に分割され、艦のほぼ中央部に2基、船尾部に1基が設置されている。この3基のハードウェアは独立して動作しており、システムがソフトウェア的な統一性を保つために大量の通信が必要となるため通常のネットワークとは別に独自の回線で互に接続されている。ハードウェアが3基に分散して設置されているのは事故や攻撃による損傷が全体の機能を奪わないためであり、またそれぞれの内部もモジュール化され一部が損傷を受けた場合に処理能力の低下は見られても機能は維持されるようになっている。
 このネットワークシステムを構成するソフトウェアは非常に高度な内容でありまた究極的には通信を通じて太陽系全体をつなぐ情報システムが構成されているとみなすこともできる。ただし太陽系全体を考えた場合は通信時間などによって非常に制約を受けた構成となる。

下位制御系

 機械を直接コントロールする制御ユニットはそれぞれの設備(機器)専用のコントローラであり設備と共に設置されている。これは極めて短時間のうちに変化する状況を通常の回線を経由して処理した場合、リアルタイム性を保証することが困難でありまた非常に膨大な通信が発生し他の通信要求に対して影響をおよぼすためである。
 各機器制御ユニットの中心部は独立した3台のプロセッサが用意されている。この3台のプロセッサは通常まったく同じ処理をおこないその結果を比較することで誤りや故障を検出し安全性を高めている。ネットワーク上の分散処理と異なって常に同一の処理を複数のプロセッサでおこなうのは各機器の制御では時間的な制約が非常に重要なためである。さらに故障が発生した場合には正常な装置(単体でも動作可能)による運転をおこなうことで装置を停止せずに(能力を落とす事無く)修理が可能となっている。
 各機器に設置されたマイクロコントローラとセンサ系(情報を処理するCPU、 センサから信号処理、通信、電源回路にいたるまでをひとつの部品として製造される)により下位のネットワークが構成されおり、制御ユニットを回線制御装置として上位のネットワークに接続されている。(通常は制御ユニットでデータが加工されその結果だけが送られる)

情報端末とMMI

 情報端末はネットワークに接続された機器との窓口となっており、直接の操作はすべて情報端末に対しておこなわれる。つまりオペレータは情報端末から映像表示を介してコンピュータと対話し、その結果がデータとして処理され、最終的にそれぞれの装置を制御する制御ユニットのマイクロコントローラに送られ実際の制御がおこなわれることになる。そのためそれぞれの設備を直接意識する必要なく高いレベルで装置のコントロールをおこなうことができる。もちろん、それぞれの設備に対する低レベルの直接的な操作は当然個々のハードウェアの理解は欠かせないことはいうまでもない。ただこの場合でも実際の操作は情報端末を通しておこなわれる。
 端末は単体でマイクロプロセッサを内蔵したコンピュータでありMMI(マンマシン・インターフェース)とネットワークとの通信がその処理任務の中心で、情報処理の中枢となる中央処理システムのフロントエンドとして、データの変換や負荷の量によっては独自で情報処理などもおこなう。艦内のネットワークに接続された端末であればどこからでも同等の操作が可能ではあるが、基本的には端末によりメインとなる処理の内容は決っておりまた操作者がほぼ特定されるため個々に応じた制限がおこなわれている。
 コンピュータと対話をおこなう際の入出力装置には主にキーボードとディスプレイ装置による映像出力が使用される。
 通常複数の人間の間でコミュニケーションするさいにもっとも適した方法は音声によるものである。しかし音声によるインターフェースは話者の特定、情報のなかに含まれる曖昧性を確定するための共通の認識の基盤など比較的高度な処理が必要となり、それでも完全におこなうのは難しいため指示者に特別の考慮を必要とするなどの問題点がある。さらに狭い範囲で多くの人間が同時に操作した場合に混乱が生じやすいなどの理由により、緊急時などの極く限られた範囲で使用されている程度である。(「非常点火マニュアル」の稿を参照)本格的に使用するためには、高度な人工知能の開発が必須の条件である。
 キーボードによる入力はある程度の熟練を必要とするが、音声入力を含むその他の方法よりも高速に操作することが可能であり、他の方法を補助的に用いることで練度が低くてもそれなりの操作を可能とすることができ、またキーボードの操作と同時に会話その他の思考をおこなうことが比較的容易であるなどの特徴があるため入力デバイスにはキーボードと画面に直接操作するタイプのポインティングデバイスが使用されている。
 キーボードはシート前面の操作卓に作り付けであり気密服を着たままでも簡単に操作できるように操艦などの専用端末(コンピュータに細かい指示を出す必要がある操作をおこなう場合は通常のタイプの端末を使用する)はフルキーボードではなく専用のキーを多く備えた比較的大振りのものが用意されている。(キーの総数は40程で細かい指示はソフトにより画面との対話でおこなわれる)使用者、操作内容、設置場所によって専用キーの割当ては動的に変化する。(割当ては操作中のモードによっても変化するため、キートップにモードによって変化する液晶表示をつけるなど考慮はされているが、ある程度の熟練を必要とする)さらに細かい指示よりも緊急時のすばやい操作が必要な場合に備えて、専用スイッチがキーボードの他に少数備え付けられている。
 音声による情報の出力は限定された範囲で補助的に用いられている。これは音声が主に警報に使用されており(警報は注意を向けていない人にも割り込み処理される必要がある)混同をさけるためと、データは図表化されたほうがすばやく正確に読みとれるためである。
 ディスプレイはそれぞれの端末に付属する小型のものと共通のものとがある。
 端末に付属するディスプレイは、必要とされる情報の種類によって(操作卓によって区別する)それぞれのシートの前面に1〜3面設置されている。これには個々の操作の対象となる情報が表示される。一部の表示器は稼働アームに支持されており、何人かで使い分けられる様になっている。
 共通のディスプレイは室内の全体から見やすい位置に複数配置されている。どれかの端末の制御(優先順位をもった処理がなされ、オーバラップした表示により複数の端末による制御が可能)により表示内容が決定される。
 もっとも多く用いられているのはLCDで、個々の端末の付属のディスプレイの大半がこの方式である。LCDの持つ反応速度が遅い(特に低温下において)、大型の場合コントラストが低いなどの問題は技術的に問題ないレベルまで解決されている。ただLCDは自己で発光しないため遠距離からの視認性をあげるには大型の照明が必要となるため共通のディスプレイには使用されていない。 比較的大型のディスプレイにはPDPとLEDマトリックス方式が使用されている。
 またさらに半導体スイッチ、光素子などを使用した個々のディスプレイ自身に情報処理能力を持たせたものも使用されている。




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