学生時代をふり返ってみて、教師当りが良かったかどうかを考えてみると、ぼくの場合は、おおむね教師当りが良かったように思う。
小学校の1〜4年までの間の担任の教師は、残念ながらあまり記憶には無いのだが、5・6年を受持っていただいた担任の田中先生には、中学や高校時代も含めて、随分長い間お世話になっていた。
以前にも書いたと思うが、ぼくは小学生の時からずっと『字』を書くのが大の苦手で、よくこの田中先生からも、ちゃんとノートをとるようにと叱られていた。ある時、あまりにもノートをとらないぼくに業を煮やした田中先生は、ぼくに一冊のノートを手渡し、このノートに、国語の教科書を最初の1ページから書ける所まで、全て写し取る事っていう宿題を出された事がある。この宿題を提出するのに、3ヶ月もかかってしまった。
また、漢字の書取りのテストでぼくがクラス最下位の点数を取った時にも、同じようにノートを一冊渡されて、その書取りテストに使った漢字を、そのノート一冊が全て埋るまで書いて来なさいという宿題をもらった事もあった。
これほどしていただいたにもかかわらず、今だに漢字を書くのが苦手なぼくは、はっきり言ってどうしようもない奴かもしれない・・・。
そうそう、高校を卒業してから何年かたち、この田中先生のクラスの同窓会に参加した時の事だ。
ちょうどその頃、小説を書き始めたばかりのぼくは、最新作の二十枚程の原稿をその同窓会へ持って行き、どうだとばかりに田中先生に読んでもらったのだが、先生は、「この小説の内容がなんであれ、おまえがこんなに沢山の『字』を書けるようになった事が先生はすごく嬉しいぞ」っと言われてしまった。余談であるが、この言葉は、初めてぼくの小説を読んだ母親の台詞と一緒だったのだから、どれほどぼくが『字』を書かない奴であったかが解っていただけるだろう。まっ、けっして自慢できるような事ではないのだが・・・。
さて、その同窓会の帰り、しこたま酒を呑んだ先生とぼくたちは、終電もとうの昔に無くなっていたため、タクシーに同乗して自宅まで帰ってきた。その車中でも田中先生は、タクシーの運転手に向って、「あのねぇ、運転手さん。こいつね、小学校の時は全然『字』を書かない奴だったんだけどね、こいつがね、小説家になりたいなんて言って、ぼくに原稿を見せるんですよ。もぅ、嬉しくってねぇ」と、しきりに言っていたのを、昨日のように記憶しています。
残念ながらこの田中先生は、数年前に癌で亡くなってしまわれたのだが、もしも今でも元気であれば、おそらく昨年末に出版した『三国志の不思議な話』を、きっと我が事のように喜んでいただけたんじゃないかと思うと、まことに残念でならない・・・。
この場をかりて、田中先生のご冥福をお祈りしたい。
もう一人、ぼくの気にいっている教師の事を書こう。
その先生は、高校の時の社会科の教師である。
この先生は、授業中に沢山の文字を黒板に書くので有名だった。
ぼくは、この先生の黒板の文を全てノートに書写す事など、はなから諦めていた為、いつも最初の5・6行で書く事を放棄していたのだ。ところがある日の事、それがこの教師に見つかってしまった。先生は、ぼくのそんなノートをみるなり、「おっ、まだそこまでしか書いてなかったのか、これは悪い事をしたなぁ。もう黒板の方は消してしまったしなぁ・・・、よし、授業が終ったら職員室までこい」と言う。
その職員室で、てっきりノートを取っていなかった事を怒られるのだと思っていたのに、この先生は、その日の授業で自分が黒板に書いた文のコピーをぼくにくれたのだ。そして、「今日の分はこうしてコピーをプレゼントするけど、次回からはちゃんとノートを取らなくっちゃだめだぞ」と言うのだ。
さて、その次の授業の事。前回言われた事などすっかり忘れていたぼくは、その日もまともにノートを取っていなかったのである。ところが先生は黒板の端から端まで文字を書いた後で、ツカツカっとぼくの所までやってきて、ぼくのノートを覗き見るではないか。そして、「ふーん、まだそこまでか・・・」と言って、ちょうどぼくがノートに書いている所まで黒板を消し、そこに新たな文字を書いて行ったのである。あとは、事あるごとに「おーい、どこまで書けた?」とぼくに確認してくるのだ。
ぼくが書ききらないと、先生はその先を書かないため、さすがのぼくも必死にな
って書くようになっていった。
一年もこんな事を続けていると、さすがのぼくも、若干ながら文字を書くのに抵抗がなくなってきたのも事実である。
おそらくぼくが今、こうしてまがりなりにも文章を書くようになったのは、この二人の教師のおかげであると思っている。まぁ、ありがたい事である。
今回は、もっと多くの教師の事を書く積りだったのに、2人しか書けなかった。続きはいずれまたと言う所で、今回はここまで。次回は、『夢』の事などを・・・。
「ラテン・ベストヒットBGM18」と言うCDを聞きながら・・・。
1995.05.12, AM,02:55,