今回のテーマは、『喋る』であります。
以前にも少しだけ書きましたが、自己紹介の時に「職業・流しの漫談家」を公言するぼくにとって、文章を書くことや、本を読む以外に、『喋る』という事に関してはちょっと自信があったりします。それも、なにか喋らなければならない事が決っているよりも、アドリブで喋ったり、自分の好きな話題について喋ったりする事は、はっきり言って得意中の得意なのです。なんていうか、時間を忘れてついつい話込み、六時間や七時間ぐらいは平気で喋り続けることが出来るし、また、人前で喋っても、よほどの事がないかぎり上がるという事は無いようです。
以前聞いた話なんですが、人前で上がるのは、自分の力量以上に自分を過大評価しているために、そのギャップにとまどって上がってしまうらしいのです。そこへ行くとぼくなどは、自分の実力をある程度把握しているし、うまく喋れなくても、その時はその時と居直る事ができるくらいに厚顔無恥なので、上がる事はないようなのです。
おまけに自慢じゃないですが、まったく知らない話題でも、それなりに会話を成立させることだってできます。
でもねぇ、こんなぼくなんですが、とんでもないオオボケをかましてしまう事があるのです。
そもそもぼくが喋る時は、ほとんど脊椎反応で喋っているふしがあるので、喋ってしまってから、「あっちゃぁ、しまった!」というようなこともよくあるのです。そのためにだいじな友人関係が壊れてしまった事もあるので、親しくなった人には、「ぼく、時々とんでもない事を言うけど、けっして悪意があるわけではないので、一声かけて、大目に見てね」などと言う事にしています。これを読んでいる人の中にも、ぼくからそんなふうに言われた事がある人もいると思います。
さて、これほど気を付けていても、どえらい失敗をする事があるのです。
あれは今から何年前の事だったでしょうか……。SF作家の眉村卓さんに、とんでもない事を言ってしまった事がありました。おかげで、今でも眉村卓さんの名前を聞くと変にオドオドしてしまうし、また、その日の事を思い出すと、未だに穴があったら入りたい気分になってしまいます。
その日以来、プロの作家からサインをもらう事はやめてしまいました。
ともかく、こんなふうに喋る事が大好きで、字を書く事がだいきらいなぼくが、こうして文章を書くようになってしまった理由なんかを、ちょこっとここに書いておく事にしましょう。ぼくが物書きを志すようになったのは、高校を卒業して働くようになってからです。
もともと物語を考えたり、この徒然草に書いているような日々雑多な事をおもしろおかしく人に喋る事は、ぼくにとって、最高の楽しみだったのです。
それが、学校を卒業して就職したとたんに、そんなぼくの楽しみであった『喋る』事ができなくなったんです。もちろん今はちがいますよ。なんといっても今は「流しの漫談家」ですから……。でも、学校を卒業して最初に入った会社は違ったのです。
その会社は。町の小さな鉄工所でした。そこで、ぼくは、輸送機の設計部に配属されました。就職したての頃は、毎日が新しい事の連続だったので、けっこう会社に行くのが楽しみだったのですが、二・三ヶ月もたつと、ドラフターの前に座って図面をトレースしているだけというのがだんだんに嫌になってきたんです。なんてったって、喋る相手が一人もいないしね。あっ、もちろん友人たちに電話なんかを使って喋りつづけていたんですが、電話では、どうしても一対一だし、せっかく思いついた話しをわずか二・三人にしか離せなくなっていたので、ぼくの中から「なにかが違う……」という声が聞こえてきたのです。そんな時でした、『第三世代』というグループがSF誌で会員募集をしていたのは。で、ぼく、自分の考えた変な話しを不特定多数の人に聞いてもらうのはこれしかないっと思って、そこに入会したのです。
本当に文字を書くのがにがてで、最初に書いた原稿用紙わずか十枚のショートショートを書くのに、一ヶ月もかかってしまいました。でも、どんどん浮かんでくる『話し』のネタを、『書く』ということで残しておかないと、すぐに忘れてしまうもんね。それって、すごくもったいないように思ったんです。
で、まぁ、そんなわけで、ぼくの中で『喋る』ということが、『書く』ということに変わってきたわけです。
今でも『話し』のネタはどんどん浮かんできます。でも、いまなら喋る相手も沢山いるし、友人からは、「お前の話しは文章で読むより、直接聞いたほうが絶対に面白いで」などと言われ、ついつい『書く』ということがおろそかになってきているので、こんな事ではいけないと考えています。まっ、考えているだけではだめなんですけどね……。
ということで、今回はここまでにしておきましょう・・・。
次回のテーマは、我が子『尊雄』です。んじゃ、またね・・・。
落語のビデオテープより、桂吉朝さんの『地獄八景亡者戯』を聞きながら・・・。
1994.03.13,AM,01:12,