第九十七話

村田健治

 僕の場合「霊が見える」ことより「霊の意識が伝わる」ことから霊体験か始まったのが、霊が恐くない一番大きな理由と言えるでしょう。
 『百物語』も終わりに近づいたということで、初めての霊体験に付いての話で僕の話を終わりたいと思います。
 あれは高2の春のことでした。
 当時、冗談でも進学校とは言えない高校に通っていたにも関わらず、僕は「大学に行く」しかも「国立大学に行く」と心に決めていました。しかし、元来勉強嫌いの僕は、初めの1年を無為のうちに過していたのです。
 そんな、ある日曜の朝7時、僕は兄の呼ぶ声に起こされました。
 「健治、健治」
 しかし、辺りを見回すものの、兄の姿は見当たりません。
 夢でも見たかと思い、もう一度寝ようとすると、再び兄の声が聞こえて来ます。
 「健治、健治」
 やはり誰かがいるのかと、僕は蒲団から這い出し家中を探してみましたが、兄どころか家の中には、誰もいなかったのです。さすがに気味が悪くなり、僕が頭から蒲団を被っていると、三たび兄の声は聞こえて来たのです。
 「健治、健治」
 そして、声を無視して僕が震えていると、僕の足に誰かが乗って来たのです。それでも、僕が耐えているとその誰かは、僕の身体の上を上へ上へと歩き始めたのでした。そして、その足がとうとう僕の顔を踏みつけた時、あまりの激痛に僕は恐怖も忘れ叫んでいました。
 「痛い!」
 その時、僕の頭の中に、妙に暖かい意識が流れ込んで来たのです。
 「さっさと起きて勉強しろ」
 その後もその声は、僕が某国立大学に合格するまで朝7時になると起こしに来たのでした。



back   next