第九十一話

天羽孔明

 神戸にいる友人の話です。
 その友人は夜の散歩が大好きで、その日も夜中の2時ごろ、一人で散歩に出かけたんだそうです。
 さて、彼の家の近所には、ちょっと大きな公園があるのですが、御多分にもれず、つい最近までその公園にも仮設住宅が建っていたらしいのですが、今ではすっかりもとの公園に戻り、そこが彼の散歩中の休憩所となっているんだそうです。
 その日も缶コーヒーを手にもって、自分の指定席にしているベンチに座った所、どこからか、「おーい、おーい」と、人を呼ぶ声がしたそうです。
 好奇心の強い彼は、なんだろうと、声のしたほうへ歩いて行くと、公園の北側の出口の近くで、胸元まで地面に身体を埋めた男が、助けを呼んでいたんだそうです。あわててその男の方へ駆寄って、どうしたのかと聞くと、「子供が掘った落とし穴にはまったから、身体を引っ張ってくれ」と言ったんだそうです。で、友人がその男の手をもって引っ張ると、これがなんの抵抗もなく上がってくる。それもそのはず、男は胸元から下がなかったんだそうです。
「おーい、おーい」 あまりの恐ろしさにその友人は、その場で倒れてしまい、その公園に犬をつれて朝の散歩にきたおばさんに、介抱してもらったといいます。
 彼はぼくに、「これまでの人生であんなに恐ろしい目にあったのは初めてだ」と、言いました。
 でもその彼は、今も夜になるとその公園に散歩に行っているそうです。



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