第八十五話

林譲治

 犬に似た人といえば……。
 例の函館の叔母の話。私と叔母が函館の市電に乗った時のこと。途中の停留所で一人の若い女性が乗り込んだ。なにげなく私がそちらを観てると、
 「なんな気色の悪い物、見るんじゃない」
 「えっ、どうして?」
 叔母によると、その若い女性は犬そっくりの顔をした、紫色の皮膚のばけものなのだという。普通の人にはわからないが、叔母にはその正体が見えるらしい。
 「あいつらは他の世界からこの世界に移住しようとしてるのよ」
 などと危ないことを言い出す。私ははっきり言って、こういう人の隣りに座っている方が恐かった。
 叔母は、徹頭徹尾その女性の方は見なかった。私もそれにならう。やがてしばらくして市電が停車すると、その女性は降りた。ただ降りる時、その女性がひどく冷たい視線で叔母を見た時、私は何とも言えない気分になった。
 最近、妹の結婚式がらみで叔母から電話があった。世間話ついでに叔母は言った。
 「例の異世界からの人達、函館でも随分増えたわ。でも、悪い人達じゃないから共存できるわよね」
 こないだまで犬人間と呼んでいたのに、何があったんだろう?



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