第十六話

林譲治

 いまから十二年前のこと。知り合いにAとB子さんというカップルがいた。B子さんは妹の友人で、結論を言えば私がAとB子さんを引きあわせたことになる。
 この二人、仲は良いのだがAがSFさんなのにB子さんはSFどころか本を読むことすらしない。共通の話題など少なそうな二人だったが、このB子さん、めちゃくちゃ思いこみの激しい性格で、どうやらそれで関係が維持できていたらしい。
 ただ趣味の違いは無視できず、喧嘩と仲直りの繰り返しが続いていた。どんな激しい喧嘩をしても翌日はラブラブなので、周囲も馬鹿らしくなってこの二人の喧嘩など何とも思わなくなっていた。そんなある夜のこと。
 「もう私、あの人にはついて行けないわ!」
 いきなり夜中の一時に電話してきて、「夜分失礼します」も何もなく、いきなりこれ。間違い電話だったらどうするつもりだ……と思ったが、その頃には私もB子さんの性格を学んでいたから愚痴に一時間ばかりつきあった。
 やっと電話が終わったと思ったら五分も経たないうちにまた電話。
 「俺、やっぱりあいつとはわかれる!」
 夜中の二時に電話してきて、「夜分失礼します」も何もなく、いきなりこれ。似合いのカップルじゃんとか思いつつ、しばらくAの愚痴につきあわされる。
 「俺、気分悪くなったからこれで切るわ」
 勝手な奴とか思ったが、電話はこれで終わる。時計は朝の三時、夏のことだったから窓はうす明かりがさしている。
 その電話の翌日に、Aが心臓麻痺で死んだという報せがあった。二十五、六で心臓麻痺とは信じ難いが、Aの親御さんの話によれば全身が燃えるように熱いとか言いながら死んで行ったのだという。心臓麻痺にしては変な症状だとは思ったが、その時はそれ以上のことは考えなかった。それよりも友人らは半狂乱のB子を落ち着かせるのが先だったからだ。思いこみの激しい性格だから友人総出でなだめる必要があったわけだ。
 ようやく落ち着いたら、Aの妹という人がB子さんにAの写真は無いかという。葬式に写真が必要なのだが、A家にある写真はどれも古く、それに妹としては兄の恋人が持っている写真を使ってあげたいと考えたらしい。
 「ごめんなさい……写真は一枚もないの……私、もう彼とは駄目だと思って、全部燃やしてしまったから」
 想いをこめてB子は独り写真を燃やしていたらしい、Aが心臓麻痺で苦しんでいたまさにその時に。それは昔風に言えば丑の刻だった。



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