第十一話

林譲治

「妹さんの結婚認めてあげないと、あなた自身が一生後悔しますよ」 今年の三月は、神奈川県大和市から現在の江坂のマンションに引っ越す準備や妹の結婚のこと――私と両親は反対していたのであります――やらでかなり仕事以外で忙しい時期だった。
 それでもマンションの契約は三月中に済ませ、その日は大阪に出たついでに引越前で家具も何も入っていないマンションに泊まることにした。マンションの一階はローソンなので、寝袋一つでそれほど不自由はしない。
 ただ地図はもらったものの、地理不案内でしかも雨まで降ってきたためタクシーで移動することにした。無口な運転手で、車内での会話はまるでない。こんな無口な運転手で客商売になるのかと、私が心配したほどです。
 さて、江坂を知っている人ならわかるでしょうが、あの辺は名神高速道路が走っている。タクシーはどうしてもその高速の高架下をくぐらねばならない。ところが私の乗ったタクシーの運転手は、高架下で突然車を止めると、ふところから数珠を取り出して祈りはじめた。私が何か言おうとすると、
 「お客さんならわかると思うけど、この辺は色々と因縁もあって事故が多いんですよ。見晴らしは良い道路なんだけどね」
 どの辺が、「お客さんならわかると思うけど」なのか、当の私には説明のないままタクシーはマンションに着く。料金を払ってタクシーをおりる刹那、運転手は言いました。
 「お客さん、お客さんにも言い分はあるだろうが、妹さんの結婚認めてあげないと、あなた自身が一生後悔しますよ」  運転手はそれだけいうと豊中の町に消えて行きました。



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