男は男の男気に惚れる。 | −ニール・ウイリアムス |
標準時、深夜。
最近、めっきり客足が少なくなってしまったな。
−もう、閉めるか。
カウンターの中で一人、グラスを磨いていたバーテンは、ため息と一緒につぶやいた。
通りに面した窓は、真っ暗だった。何処の店も最近になって早じまいしたり、店の看板を下ろす所が多かった。
それもしかたのない事だった。客に出すものがないのだ。彼の店もほとんど食い物を出せない。メニューには赤い横線がならんでいる。
−まあ、いいけどね。
どうせ、何処にでもあるバーの一つだ。アルコールが入ってりゃミルクだって満足する奴しかこない。
そこで、ふと、彼は思った。
−不思議とアルコールの供給は途絶えないな、なぜだろう……。
バーテンは人類の宇宙進出とアルコールの関係についての考えに耽けりながら最後のグラスを磨きにかかった。
こいつを磨いてやったら店を閉めようと思った。
その時、店の扉のきしむ音がした。
「いらっしゃいませ」
ほとんど、反射的に挨拶する。
そして、客の顔をみると、彼の眼は半寸ほど見開かれた。
すぐに、笑顔になる。
「こいつはたまげた」
いまにも、口笛を吹きそうな感じだった。
「生きてたんですか?」
客−男はニヤリと笑った。
「その口の悪さは相変らずだな」
男は上着を脱ぎながら言った。
「俺もこの店が、まだあるのには驚いたがね」
「口の悪さは、あなたには及びませんよ」
くすくす笑いながら、バーテン。
男はバーテンの前のスツールに腰掛ける。
「そのぶんじゃ、俺が何を飲みたいかもわかるよな」
男の言葉にバーテンは片目をつぶった。
「もちろんですよ」
「へえ、俺の酒はまだ流れずに残ってるのか」
意外そうに男。しかし、バーテンは困った顔をして首を振る。
「封を切る前のが残ってるんですがね……」
「?」
「こいつを出すと、飲んだ客が暴れ出しそうな気がしましてね、こわくって」
「このクソ野郎が」
「何度、同じ言葉をあなたに言ったことか……」
ため息をつきながらバーテンはボトルのホコリを拭く。男もあきれ顔のまま、ため息。
「これが、客に対する態度かね」
バーテンはグラスとコースターを用意して、氷をクラッシュする。グラスに放り込む。
「客っていうのは、金を払ってくれる人のことを言うんですよ」
言いながら何年かぶりの酒の封を切る。この男の為にとっておいた銘柄だ。ボトリングされて初めて封を切られる時の香がバーテンの鼻をくすぐる。
−上等だ。
満足気に酒をグラスに注ぐ。
「なんだと、俺はちゃんと金を払ってたぞ」
「ええ、酒代はね」
バーテンは自分のグラスにも酒を注ぎながら言った。
「でも、壊れたイスやテーブル、割れた酒瓶にグラス、その他もろもろの代金はまだですがね」
「なにいってやがる。お前のとこだけだったぞ、その請求書を本部まで送りつけてきたのは」
「おかげで払って貰えませんでした」
男の後尾を断ち切って、バーテンは言い。チンと、男のグラスに自分のをグラスを軽くあてる。
「やっぱり、あなた宛てにしたのが間違いでした。チャンさん宛てにすべきでした」
グラスをさしあげ、ニッコリ笑ってバーテン。男は苦虫を噛み潰したような顔。
「ちくしょう、俺はうれしいぜ。この店が変ってなくて」
「ありがとうございます。でも、私もうれしいですよ。戦争が終わって、陸戦隊はどことも知れずいなくなっちまうし、どこの地下組織に請求書を送っていいもんか困ってたんですよ」
「SPAかAFCにでも送りゃよかったんだよ、誰かいただろうに」
「そうしょうかと思ってました」
バックレ顔でバーテン。
「本っ当に、口のへらねえ奴だな」
「うれしいでしょ?」
「いつも暇そうにしてたのが何でかわかるよ」
男が空のグラスをバーテンに差し出す。
バーテンはなみなみと酒を注ぐ。
男は煙草をくわえる。バーテンが火を差し出す。
「しかし、何だな。ここらの店はこんな早じまいしちまうようになったのか?」
「ええ、客に出すもんがないんですよ」
バーテンはメニュウをさして言った。
「物資がみーんな不足してますからね」
何でもない世間話し、昔話し。男とバーテンは軽口をたたきあう。
戦争は終わった。さあ、飲もう。
バックには、賑やかなオールドオールドロック。
街はとっくに眠っちまってる。
かまやしない、叩き起こせ。
酒はあるぞ、さあ、飲もう。
ハーテンは、次々に酒の封を切る。
二人のグラスはあっというまに乾いていった。
そして、三枚目のディスクのラストは静かなインストゥルメンタルだった。
「あんたは、何も聞かないんだな」
男は最後の一杯を口に付けながら、ボソリと言った。
「ははっ、聞いたら他の人間に言っちまいそうでね。私はおしゃべりだから」
「そうだったな」
二人は顔を見合せ少し笑う。
酒を飲干して、男は立ち上がる。上着のポケットに手を入れた所で、バーテンは手を振った。
・・
「つけときます」
「なに?」
男は手を止める。
「今度でいいですよ、また来てください。次は他の皆さんとも一緒に」
多分、今度はないだろう。でも、もしかしたら……。
男は笑顔で、わかったと言う。扉を開けて右手を上げる。
「おやすみ」
「おやすみなさい。ダンテ隊長」
バーテンは男の背中に言った。男は振り返らなかった。少しだけ肩をすくめたように見えた。
バーテンは、外の看板の灯りを消し、グラスを洗う。
そして、また、自分一人の考えに浸るためにグラスを磨く。
ちょっとだけ、寂しそうに……。