兵器開発で問題となる点の一つに開発スタッフ、つまり人的資源の問題が有る。例えば零戦を開発した堀越二郎は、戦争の推移に従って零戦の改良を行っていった。同時に局地防衛用の雷電まで開発しなければならなかった。このように人的資源が乏しい側では一つの開発スタッフがあれもこれもと仕事をかかえなければならないのである。
このような新兵器開発における人的資源の枯渇は外惑星連合軍にとってはかなり深刻な問題であった。外惑星連合において数々の異常兵器が作られた裏側には、一つのアイデアを実用的な兵器にまで完成させるだけの開発能力が無かったことが指摘できるだろう。
最近、闇討一号に関する調査の過程で、この兵器を開発したチームの多くがバルキリー開発にも関与していたことが判明した。さらに技術的に闇討一号とバルキリーの間を埋める兵器として、闇討(改)なる兵器の存在が明らかになった。
闇討(改)というのはあくまでも航空宇宙軍での呼び名である。この兵器が外惑星連合軍側で何と呼ばれていたかはさだかではない。正式兵器であったかすらはっきりしていないのが実情である。
さて、このバルキリーや闇討一号をはじめとする兵器の最大の特徴は超遠距離砲撃が可能である点である。宇宙空間において超遠距離砲撃が問題となるのは、火力ではなく照準システムであった。
航空宇宙軍ではこの問題をひたすら精度を追求することで果たそうとした。つまり、精度の高いセンシングデータを精度の高い計算により精度の高い未来位置を予測しようとする思想である。
これに対して外惑星連合軍がとった解決策は随分と独創的な方法であった。バルキリーについてはすでに多くの文献で紹介されているので割愛するとして、例えば闇討一号の場合などは照準における精度と言う考えは無い。
どんなにセンシングの精度をあげても目標と砲弾の間に100キロ近い誤差が生じてしまうなら、直径100キロの砲弾を発射すれば命中するはずだ、と言う発想である。
具体的にはタングステンの針を広く分散させ、センシング誤差をカバーできるだけの弾幕をはるのである。その場合針の質量は必然的に小さくなり破壊力の低下をまねくので針を亜光速まで加速する必要がある。
針を亜光速まで加速するには強力な磁場が必要で、これを作り出すには1000メートルの磁気コイルが必要。しかし、そのような強力が磁気コイルは自らの磁場のために自壊するので、コイルは使い捨てになる。
これが闇討一号の設計思想であった。だが、そもそも磁気ミラー核融合炉の実験用の巨大超伝導磁気コイルが存在したがために製作された闇討一号は、巨大超伝導磁気コイルがなければその存在意義を失ってしまうのである。このような兵器のために大量の戦略物資を割り当てるような余裕は外惑星連合軍には最初から無かった。
そこで闇討一号の設計思想を受け継いで開発されたのが、この闇討(改)なのである。
闇討(改)の外見で最初に気がつくのは、この兵器が闇討一号とはまったく似ていない点だろう。説明をしなければ単に巨大なパラボラアンテナにしか見えない。
構造は闇討一号同様に非常に単純な物であった。直径10メートルの自由電子レーザー発振器を除けば特別な部分は無い.電源は核爆発発電機であり、光学機器や受光センサー系統もスケールが大きいだけで、すでに確立された技術の物でしかなかった。特別なのはそれらの組み合わせかただけなのだ。
闇討(改)の有効射程距離は32000キロと設定された。これ以上の距離ではセンシングのためのタイムラグが無視できなくなるからである。単純に考えれば32000キロは光でも往復に0.2秒かかるが、これだけの時間が有れば現代の宇宙船は優に100キロの距離を移動できるからである。
さて、闇討(改)の主砲は10メートルのレーザー光線砲であるが、むろんこれをそのまま発射したところで命中は期待できない。少なくとも32000キロの有効射程距離は無理だろう。
では、このレーザー光線はどうなるかと言うと、光学系によって直径1センチのレーザー光線、100万本に分かれるのである。これらの光線は32000キロの距離で一辺が100メートルの正三角形を描く。
このレーザー光線の弾幕は直径100キロの円形を描くわけで、理論的にはこの円のなかに宇宙船が存在したならば、少なくとも1本はレーザー光線が命中するはずである。むろん直径1センチのレーザー光線が命中しただけでは宇宙船を破壊することは難しい。そこで次のシーケンスに入ることになる。宇宙船に命中したレーザー光線は当然、反射する。反射光はパラボラアンテナのような鏡によって集光される。
100万本のレーザー光線はそれぞれ光学系によって識別可能なように変調がかけられている。
したがって、反射されたレーザー光線がどの光線か判断することは可能なのだ。反射波は宇宙船の速度と方向、および距離のデータを持っているので宇宙船の、より正確な未来位置の予測が可能となる。
そこで光学系はレーザー弾幕の直径を絞り、直径を一挙に250メートルまでにすることでレーザー弾幕の密度を400倍にまで高める。この時レーザーとレーザーの間隔は5メートル、このレーザー光線の密度ではあらゆる宇宙船の破壊が可能となる。
実際にはこの闇討(改)は通商破壊兵器としてではなく、防御兵器として使われる予定だったと言われている。つまり、開発がほぼ終了した時点では、もはや戦局はそこまで進んでいたのだった。
計画では343個の闇討(改)を展開し強力な防衛陣地が構築されるはずだった。ただこの防衛陣地の正確な名称はいまにいたるも判明していない。「悪魔の園」、「桜の園」、「女の園」、「笑いの園」など諸説がある。
しかしながら、これらの計画は結局実現しなかった。闇討(改)も試作品が一台建造されたものの、それ以上の開発は中止されたといわれている。もはや、直径10メートルのレーザー砲を製造する能力の余裕すら、当時の外惑星連合にはなかったのである。
なによりも国力を顧みずに多くの新兵器を開発せざるをえないと言う、指導部の戦略方針が確固としていないがゆえの弊害が、この闇討(改)の実践配置の最大の障害だったといえるだろう。
この時期、唯一のフリーゲート艦すら失った外惑星連合は、その開発の重点をもっとも実用化に期待が持てたバルキリーのみに限定すると言う決定が遅ればせながらなされたのである。
だが、この当時、外惑星連合の開発スタッフの労苦は筆舌に尽くし難い物だったと言われている。これについてはこの時期、主計局の某ポワトリン課長が書いたと言われる標語をみてもわかるだろう。
『BUGある限り働きましょう。命燃えつきるまで!』