通商破壊はおきらくごくらくか?

林[艦政本部開発部長]譲治

 ドイツのUボート作戦があまりにも有名なためか、通商破壊は大海軍力を持つ相手に対して小海軍が取りうる有効な戦術と思われている。だが、本当にそうだろうか?
 日本は知ってのとおり海外から膨大な量の物資を輸入し、加工した上で輸出するような貿易形態をとっている。こうした物資の輸入が無ければ経済が機能しないばかりでなく、そもそも食料が足りないから国民の大半が必要とされるカロリーを摂取することが不可能になる。
 シーレーン防衛などに関する議論でだされた数字によれば日本人がこの国で生きて行くために輸入しなければならない物資の総量は1年間に2億トンになると言う。
 2億トンとはどれくらいかと言えば、5000トン積み込める(変な表現だが船のトン数の定義は難しいのでこう記す)船で、40000隻、月に3333隻の貨物船を必要とする計算になる。1日に100隻弱の貨物船である。
 これだけの物量を運ばねばならない日本にとって海上輸送路の安全は死活問題に成る。だから日本を降伏させようと考えて団体が日本向けの貨物船を攻撃して海上輸送を寸断する通商破壊作戦を選択するのはそれなりに合理的な判断ではある、だが。
 表−1は大蔵省の資料だが現在の日本が1年間に輸入している物量を表したものである。ちなみにこの表では2500トン以下の小型貨物船は統計から除外してあるから実際の物量はもっと多いだろう。
 見て分かるとおり実は日本は年間7億トンの物資を輸入しているのである。表−2のデーターによれば日本の貿易量はアメリカに匹敵し、経済成長激しい韓国や中継貿易で栄える香港よりも大きい(台湾などのデーターはコピーし忘れた)。記憶によれば日本の世界貿易に占める割合は10%以上はあったはずである。
 これだけの貿易量を持つ国の通商破壊をするのは実はとてつもなく難しい事業であることに気がついていただけるものと思う。7億トンの輸入量を現在持つ国に有効な通商破壊を行うには単純計算で年間5億トン以上の船舶を沈めなければならないのだから。年間5億トンとは5000トン積み込み可能な貨物船で10万隻、月にして8300隻、1日278隻の船舶量になる。しかもこれが1年続くのだ。
 実際には通商破壊が行われれば色々な要素が関連してくるので1日278隻が沈むにまかせられることは無いだろう。ただ、そうして要素を除外しても相当数の船舶を沈めなければならないのは確かである。
 それで表−3は日本周辺の海軍力であります。見ての通り水上打撃力ではじつは日本が一番強力であったりするんですね。もしもこれらの国々の戦力で通商破壊を試みたらどうなるか。
 フリゲート艦の数では中国が一番ですが、ほとんどが老旧艦であります。仮に55隻の水上艦艇を繰り出しても1日278隻の船舶量を沈める事は無理でしょう。短期なら稼働率を高く出来るとしても整備が追い付かなければ軍艦は動きません。故障によって艦隊が消耗してしまうでしょう。そしてローテーションを組んだとしたら1日278隻の船舶量はますます不可能になっていきます。
 潜水艦では中国と北朝鮮が数は多い。しかも中国は原潜を保有しています。ですが、それでも保有数は4隻。魚雷1本で1隻沈むとしても船舶の数の方が魚雷より圧倒的に多い。しかも中国の原潜は稼働率が低いので活動できるのは1隻でしょう。そうなると通常潜水艦での仕事になる。
 第二時世界大戦中のドイツUボートの戦果の統計をとると成績の良いときで一月に沈めた船舶は0.7隻、そしてUボート1隻沈められるまでに沈めた船舶の数は2隻だという。いくら技術が進歩したとはいえ(北朝鮮や中国の潜水艦はソ連の旧式が多い)当時のUボートの10倍の能力があるとは考えにくい。魚雷だってそんなに搭載されていない。したがって20や30隻の通常型潜水艦で何をしたところで1日278隻の船舶量を達成することは不可能だろう。
 余談ながら先の戦争の教訓から日本の護衛艦はこと対潜能力だけは世界最高の水準にあるからそれを考えてもわずかな潜水艦戦力で日本の通商破壊を行うのは(政治的にはどうか知らないが)物理的に不可能であろう。
 それでは海上自衛隊がなぜシーレーン防衛に軽空母が必要などというかと言えばそれは仮想敵としてソ連を想定していたからに他ならない。逆に言えば、数と能力から脅威になりうるのはソ連だけだったということだろう(能力ならアメリカもだが)。
 結論から言えば通商破壊を行うためにもそれなりに充実した海軍戦力が必要であるといえるだろう。例えば第二次世界大戦のドイツにしてもイギリスよりも水上艦艇の勢力で劣勢であっただけで世界全体からみればあきらかに有力な戦力を保有していた。なによりも多数の潜水艦を建造し、管理し、整備し、補給する体制を維持できたのだから。
 外惑星連合が通商破壊を選択したのも戦闘艦の戦力で絶対的に劣勢であったのと同時に、通商破壊なら実現できるだけの戦力を保持していたからであろう。サラマンダー追撃のときにアクエリアスの指揮下に編入された艦艇は支援艦も含めて30隻あまり、これで航空宇宙軍最大の艦隊であった。一方、外惑星連合の仮想巡洋艦は、開戦直前で24隻弱。仮想巡洋艦の数に対する(推定される)航空宇宙軍の支援艦艇の数だけから考えると通商破壊作戦を選択するのは必ずしも不合理な選択ではなかったろう。
 にもかかわらず外惑星連合が破れたのは仮想巡洋艦に対する支援能力に問題があったためだろう。サラマンダー追撃におけるアクエリアスとサラマンダーの後方支援の差がなによりもそれを物語る。
 現在、アメリカ海軍が世界最強と言われるのも事前配備船などをはじめとするその後方支援能力故でしょう。

表・1
輸出入貨物量 外国貿易船入港数 (単位1000トン)
年次 総輸出量 日本船 外国船 航空機  
1980 83853 20523 63017 314  
1985 94370 16998 76824 486  
1989 84811 8420 72699 691  
1990 85062 7913 76396 753  
年次 総輸入量 日本船 外国船 航空機  
1980 612992 244588 368137 266  
1985 603648 255481 347796 407  
1989 704065 219802 483372 892  
1990 712494 202153 509457 883  
貿易入港数
年次 航空機      
1980 39848 39208      
1985 39856 54143      
1989 46007 76969      
1990 46379 82559      
表・2
入港数
アメリカ 344710 香港 106396 パキスタン 15165
日本 347605 韓国 238196 インドネシア 65254
表・3
日本の海軍力
    日本    北朝鮮     韓国     台湾     中国  
潜水艦 14 24   4 50
駆逐艦 39   9 24 17
フリーゲート 18 3 7 10 38
国防予算 328.9億$ 52.3億$ 109.5億$ 92.9億$ 75.6億$



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