特殊工作船「明石」

林[艦政本部開発部長]譲治

●はじめに
 兵器と武器は似ているようで微妙に違うものです。確かに爆弾なら兵器でもあり武器でもあります。ところで普通、タンクローリーとなると凶器にはなりえても武器とは言えません。しかし、兵器にはなる場合があります。
 たとえば、昔コンバットで連合軍の機甲部隊が燃料切れで足止めを食っているとこにドイツ軍が迫る、という話がありました。
 しかし、この連合軍の元にタンクローリーが現れたら、その時点でタンクローリーは兵器に成り得るのです。
 このように実際の戦闘能力がないにもかかわらず状況によって兵器となり得る兵器があるわけだ。
 こんかい紹介する特殊工作船明石もそんな兵器である。
●名称について
 特殊工作船明石は外惑星連合の軍艦だが、元々は民間の宇宙船を徴用して改造したらしい。
 明石と言う名称はその名残であろう。また別の説では外惑星連合の仮装巡洋艦隊が地球−月に接近する時のための偽装とも言われる。
 なお、かつて日本海軍に存在した工作船明石との関係を指摘する資料もあるが、詳細は不明である。
●作業内容について
 特殊工作船明石の主な作業は損傷した宇宙船の修理及び修理施設までの曳航である。
 そのため明石には船体に不釣合いなほど巨大なエンジンが付いている。
 また作業用に多数のロボットアームがある。これにより修理の他、衛星の回収も可能である。
●船体の構造について
 特殊工作船明石は宇宙船と名乗っているが、その形態はむしろプラットホームに近いものがある。
 あるいは蟹に似ていると言った方が適当かも知れない。 明石でまず目に付くのは船体前部にある二つのロボットアームであろう。
 もちろん明石には小型の作業用ロボットアームがこの他にも16本あるのだが、一番目立つのはこの二本である。
 この巨大なロボットアームは、艦船の修理の際には相手を固定するのに用いられる。
 明石の外見上の特徴はロボットアーム以外には後部の巨大なロケットエンジンがある。
 これは最悪の場合、故障した艦船を最寄りのドックまで曳航する必要があるからである。
 当然の事ながら明石はその船体に大量の推進剤を貯蔵してある。従って場合によってはタンカーとしても機能する。
 さて、明石の内部構造だが、これは機械工場といっても過言ではないだけの工作機械が整備されている。
 これらの工作機械をフルに使えば核融合エンジン用のバルブから、コンピューター用の VLSI まで製造できるのである。
 小型の宇宙挺程度なら理論的には小惑星のかけらから作り上げることさえやってのけられるのである。
●明石の居住施設について
 特殊工作船明石はただ一隻しか建造されなかった。この理由と居住施設には特に関係があるようには思えないが、実は深い関係があった。
 それは一言で言うなら明石のソフト面に関する問題である。
 明石のような宇宙船を建造するのはさほど困難ではない。しかし、これを操作できる人間には限りがあるのだ。
 明石に乗り込んでいる技術者の多くは外惑星連合(おもに木星系の)の名人クラスの人材ばかりであった。
 今に伝わる職人の勘と技が、そこいらの岩から宇宙船を作り出すという離れ技を演じてくれるわけだ。
 しかし、ただ特殊工作船のために選りすぐりの熟練工を生産現場から引き抜くには限界があるわけで、明石一隻が実現しただけだった。
 さて、これだけの腕利きを集めたからには充分に働いてもらわねばならない。しかし、相手は職人である。職人である以上は気まぐれな点も考慮せねばならない。
 気まぐれな職人達に仕事をさせるように、居住設備には金を掛けるのは当然の事であろう。
 むろん彼らもその期待に応えるだけの働きをしたのは言うまでもない。
●明石の戦術的運用について
 明石の存在は外惑星連合軍の最高機密の一つであった。これは明石が一隻しかないためでもあったが、本当の理由は他にあった。
 戦闘用宇宙船の性能と保有台数に劣る外惑星連合軍は仮装巡洋艦によるゲリラ戦術を行っていた。
 しかし、補給の困難なゲリラ戦術では遠からず限界が来るのも明白であった。
 だが明石の存在はそのような状況を大きく変え得る可能性があった。
 補給の問題もそうだが、なにしろ大破した仮装巡洋艦3隻を分解、結合して無傷の仮装巡洋艦1隻にしてしまう工作船である。
 つまりその空域に明石が存在する限り、航空宇宙軍は全ての仮装巡洋艦を完全に破壊しなければ通商補給の安全を確保できないのである。
 そのために航空宇宙軍が投入した戦力ははけっして少なくない。
 だから、もし明石の存在が公になると、太陽系全体で明石狩りがはじまってしまうのである。
●明石の戦果
 何と、明石が航空宇宙軍の宇宙船を大破させたという記録がある。ただどんな宇宙船を大破させたのかは定かではない。
 外惑星連合軍は、明石がゾディアック級のフリゲート艦を大破したと宣伝したのに対して、航空宇宙軍側は貨物船に対する海賊行為と反論するからである。
 事実は特設砲艦を大破したというのが真相らしい。 それではどうやって武装のない明石が特設砲艦を大破させたかだが、何とロボットアームで分解したらしい。
 臨検のために停船を命じた砲艦に近付き、ロボットアームでレーザー砲を使用不能にした上で、分解したそうである。
●明石の戦後
 明石が戦後どうなったか。機密性の高い宇宙船だけに詳しいことは解っていない。
 ただ、戦後しばらくして小惑星帯でサルベージに従事したことは確かである。

明石

 のちに航空宇宙軍に発見された砲艦の破片には、レーザー反射傘からエンジンコネクターのサーボ制御 VLSIチップにいたるまで、
 「てやんでぇ!
  宇宙で食っている職人をなめるんじゃねぇ」
とのメッセージが、ルビつきの日本語、広東語、タガログ語、英語、ビジン英語、朝鮮語で赤外・紫外刻印されていた。戦闘コンピューターの記憶バンクからなにが発見され方は神のみぞ知る。である。




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