無敵戦艦「富士」

林[艦政本部開発部長]譲治

●はじめに
 戦争の中で時に、きわめて常識的な戦術思想の必要から、とんでもない兵器が登場する事がある。例えば、あの巨大戦艦大和は、自国の航空機産業の実力と、パナマ運河の存在を冷静に計算した上で誕生した。現場の航空機産業の実力では、真に飛行機が戦力になるのかは疑問である。そして、太平洋に出るために、パナマ運河を渡れる戦艦の大きさには限界がある。従って、それに対抗できる火力が割り出され、それに必要な大きさの戦艦が大和となってその姿を現したのである。すべては常識の産物であった。今回紹介する「無敵戦艦富士」もそんな常識が産んだ異常兵器の一つである。
●名称について
 無敵戦艦富士は航空宇宙軍の戦闘用宇宙船であるが、その開発に当たって艦政本部が直接関与していない稀な例である。
 戦艦などと名乗っているのもそのためである。従って航空宇宙軍に於ては本艦はあくまでもフリゲ−ト艦である。
 官僚的との批判もあるが本艦の正式名称は「フリゲ−ト艦『無敵戦艦富士』」なのである。
●フリゲート艦『無敵戦艦富士』の設計思想
 本艦の設計思想を真に理解するのは容易ではない。普通、戦闘用宇宙船というものは、「もし弾が当たっても」という考えで作られている。
 それに引き換え、この『無敵戦艦富士』は最初から、「弾なんて物は、所詮は当たるものだ」という思想で作られている。
 この両者にはさほどの違いはないように思えるが、実はこの違いが理解できるかどうかが、本艦の設計思想を理解できるかどうかの鍵なのだ。
 『無敵戦艦富士』の全長500メ−トルという非常識な大きさの秘密が、ここにある。
●船体について
 前にも述べたように、『無敵戦艦富士』の全長は500メ−トルある。
 これは常識的には、実に馬鹿げたことのように思われる。索敵技術の進歩した今日、この大きさでは自らの居場所を宣伝しているに等しい。
 だが一度、視点を『無敵戦艦富士』の設計思想に戻すとこの巨大さが、ある種の合理主義に則った物であることが解かる。
 全長500メ−トルもあれば、確かにそれを早期に発見し、攻撃することが出来る。ところが、全長500メ−トルもある戦艦を、普通の戦艦で破壊するのは、並大抵の苦労ではありません。
 しかも、『無敵戦艦富士』を攻撃するという行為そのものが自らの位置を知らせる結果になるのです。
 先制攻撃によって(奇跡的にせよ)『無敵戦艦富士』に50%のダメ−ジを与えても、余力で反撃されれば勝ち目まずはありません。
富士
無敵戦艦富士と他艦艇との比較図
  •  作動流体タンク群は艦体中央部に、推進軸に対し軸対象になるように配置される。
     タンク群は多数のパイプで連結され、作動流体を相互に移動させる事によって、損傷を受けた部分を切り離すことなどにより不均衡に陥った重心を回復させる。
  •  正面装甲は圧さ6000mmのハイマンガンタングステン無格子欠落高張力鋼分子設計バナジウムプラスチックコンクリート焼結材によるコンポジット装甲板である。高相対速度で激突する機動爆雷の破片をも蒸発させえる。
●管制システムについて
 『無敵戦艦富士』の秘密は巨大さだけにあるのではない。最も特長的なのは、その管制システムなのである。
 普通、宇宙船には艦橋というものがあって、すべての命令はそこから発令される。
 ところが、『無敵戦艦富士』には艦橋という場所はない。それどころか士官が集まる決まった場所すらないのである。  従って、火力に劣る敵が一挙に艦橋を破壊して『無敵戦艦富士』を沈めようとしても、艦橋が無いのだから不可能である。
 『無敵戦艦富士』においては、通常すべての士官はバラバラに乗り組んでいる。それらの士官は艦内のネットワ−クで結ばれている。平時にはこれでよい。もし戦闘状態になった場合、このネットワ−クは自分の判断で最も階級が高い士官の命令だけを実行するのである。
 であるからして、戦闘のさなかにネットワ−クに矛盾した命令が飛び込んでも艦は制御不能にはならないのであります。
 簡単に言うならば『無敵戦艦富士』は中枢を持たない無中枢システムなのだ。
 「いざ戦闘となれば士官は死ぬし、命令系統は絶対混乱するのだ」と考えられている『無敵戦艦富士』の設計思想の賜物であろう。
●動力関係について
 『無敵戦艦富士』は中枢を持たない無中枢システムなので、その動力システムも当然、分散化されている。  従って、動力部分を破壊して『無敵戦艦富士』の機能を停止させようとしても、簡単にはいかないのである。
 『無敵戦艦富士』の内部には、効率が良くないことを承知の上で多数の小型核融合炉が配置されている。  それらの核融合炉からの電力はネットワ−クによって、主砲に供給される。ネットワ−クには自らの判断で、迂回路を作る能力が備わっているため、核融合炉が生きている限り、安定した電力を供給できるのだ。  このような訳だから、ネットワ−クを完全に破壊しないかぎり、『無敵戦艦富士』は沈まない。
●その他
 『無敵戦艦富士』は建造はされたのですが、完成する前に戦争が終わってしまいました。(よくある話)
 そのため、完成をまたずに分解され、多数の小型の宇宙船に改造された。これは戦争により宇宙船が不足したためである。
 もし、戦争に間に合ったとしても『無敵戦艦富士』が戦力になりえたかは疑問である。確かに生存率は高いのだが、機動力に劣り、何よりも決め手となる火力に欠ける点が問題であった。
 『無敵戦艦富士』は外惑星連合軍に楔を打ち込むために、艦隊本部情報課が計画した、宣伝材料という噂が一番真実に近いかもしれない。




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