砲戦距離六億五千万キロ

陰山[天保の大飢饉]琢磨

 外惑星動乱末期。圧倒的な航空宇宙軍の航宙戦力の前に、仮装巡洋艦隊は徐々にその力を失いつつあった。タイタンに続き、木星系が封鎖され降伏に追い込まれる日も間近かと思われた頃、起死回生の望みをかけカリスト軍が開発を進めた極秘プロジェクトがあった。
 最終的に机上プランに終ったものの、もし完成していれば、太陽系内における地球−月系の政治的覇権はもとより、地球社会の存続すら危ぶまれたというその恐怖兵器は、「イカヅチマル」という名で知られている。

 雷丸計画の目的は、航空宇宙軍により制圧された宙域を飛び越え、直接地球を攻撃レンジ内に置き地球上の非戦闘員を人質とする事により、航空宇宙軍のこれ以上の侵攻を抑止することにあった。従ってその攻撃システムは、迎撃不可能でしかも地球上に広範囲な被害をおよぼすものでなければならない。高度知能化ミサイルや超高速電磁砲も候補に挙げられたが、物理的に完全に迎撃不可能である点から、レーザー発振器が選ばれた。
 外惑星連合がヴァルキリーを登場させるまで、宇宙空間でのレーザー砲戦距離は、その戦域と比べあまりに短いものだったが、これはレーザー発振器のもつ原理的な欠陥ではなく、その火器管制装置[FCS]の索敵能力の限界によるものだった。精度が高く強力なレーザー砲を作ること自体は、コヒーレントな光の拡散が原理的には不確定性によってしか生じない事を考えれば不可能ではない。問題は、その超長射程レーザーをどこに向けるかが、FCSにもガンナにも解らないことにある。結局この問題は外惑星動乱終了時まで完全に解消されなかった。

 しかし<雷丸>においては、目標が地球であるため、FCSの索敵能力は問題とならない。たとえ地球が数億キロの遠方であってもその軌道は一定であり、レーザー到達時の未来位置も、大規模だが単純な軌道計算で容易に判明する。なにしろ誰にも地球の軌道を変更することなど出来ないのだ。

 そのレーザーの出力は、大規模破壊による戦略的効果を狙うため、波長は生物に有害な硬紫外線とし、到達時の焦点・直径2q円内での総照射量は、太陽光の同地点に対する総輻射エネルギー量の十倍に匹敵する四百三十億キロワット毎分となる事が求められた。
 この条件を満足させる<雷丸>の巨大なエネルギー供給システムは、しかし非常に単純な構成である。これには動乱中期から末期の混乱した工業体制でも配備が可能でなければならないこともあったが、単体で巨大な発振器を製作しても、エネルギーのレーザーへの転換効率の悪さからとても長時間の照射には耐えられず、自己崩壊してしまうからだった。

雷丸
図1

 <雷丸>のレーザー発振器は、九万発の核レーザー砲である。(図1「展開中の<雷砲>」を見よ)これらはそれぞれ1メガトンの核融合装置をエネルギー源とする。展開時、長さ二十メートルに達する発振器に充填されたガスは、核爆発の瞬間、三十%の転換効率で励起発光し、反射傘で集束される。

 核装置の製作と軌道配備(場所はカリストの外側のラグランジュ点が使われた)には、休止しているカリスト・エクスプレスのプラントが使用される。九万基の<雷砲>には約九百tの三重水素・ヘリウム等と短期間での製作・配備が必要だが、平時において十七日周期で千から二千個の十tタンカーを発射していたプラントには、充分その能力があった。

 10t タンカーのキャニスターにそれぞれ3個ずつ収められた<雷砲>は、所定の軌道までくるとキャニスターから分離し、自動的に発振器と反射傘を展開(図2「収納状態の<雷砲>」を見よ)百基ずつの九百群にわけられ、各群に1基ずつ配備された起点衛星にならい、三百群に一個ずつある直径四百メートルの石英集束レンズ(図3「部分過熱に備え回転モードに入った<雷レンズ>」を見よ)に自動的に照準される。そして三枚の<雷レンズ>はそれぞれ地球上の射撃目標に照準し、これで全<雷丸>システムが完成する。それぞれの<雷砲>は発射シークエンスに入るまで、レンズを自動追尾し、基点衛星及び隣接する<雷砲>からのビーコンによって自動的に位置を修正する。

雷丸 雷レンズ
図2 図3

 <雷丸>発振には、地球と木星が接近する二〇九九年十一月末から十二月が選ばれる。発射指令が下されると、まず第一群の基点衛星が爆発発光し、同時に残る九十九基の<雷砲>も爆発発光する。その閃光をとらえた次群はそれぞれ順々に一斉発光し、十分間で四千三百億キロワットのレーザーがTNT換算九万メガトンの核出力によって発振される。以上、全<雷丸>システムはオートマトンとして作動するが、地球上で核兵器が飽和点を迎えた一九八〇年代に全人類が所有していた核兵器が一万四千メガトンに過ぎないことを考えると、そのシステムの巨大さが理解できよう。

 発振された硬紫外線レーザー束は六億五千万キロの空間を越え、約二十五分で地球に到達する。到着時、レンズ精度の問題上、直径三百メートルだったレーザーは直径二キロにまで拡散しているが、これが逆に広範囲の破壊をもたらす。(図4「二〇九九年十一月某日午前五時、潮岬から南方水平線上に発射シークエンス開始より二十五分三十秒後の<雷丸>を臨む」を見よ)地上焦点内でもし木星方向を見ている人間がいれば、一瞬の間、木星が強く輝くのが見えるかも知れない。

雷丸発射
図4

 しかし彼はその直後、1平方メートルあたり毎分十三万七千キロワットの目に見えないレーザーを浴び、焼死してしまう。直接照射半径内は、核爆発の閃光被害に匹敵する破壊力で十分間照射され、コンクリート及びそれに類する建造物以外は焼失し、一瞬にして過熱膨張した大気は超音速の衝撃波を発生させ、マッハステムによって焼け残った建築物も崩壊し、その間水平線上の木星は不気味に輝き続ける。

 間接被害はそれにとどまらず、過熱大気の傘(キノコ雲状となる)に反射した紫外線レーザーはかなり広範囲の人間を一瞬にして失明させ、重度の日焼けをもたらし、農作物を収穫不可能にし、森林火災を起こす。
 さらに二次災害として紫外線は大気上層で強烈な光化学スモッグを発生させ、雲のある場合は光化学変化で酸性雨を降らせる。これらはジェット気流で全世界へ広がる。

 この様に、地球の生態系すら破壊しかねない威力を持ち、全発射シークエンスが自動的に、わずか十分間で終了するため、配備後は、それと解っても容易に破壊することができないという、戦略的に充分に抑止力となりうる<雷丸>システムであったが、混乱の極みにあるカリスト軍部内では、この巨大プロジェクトを進めることができず、泡末と消えた事は、しかし太陽系の全人類にとってはよろこぶべき事だったと言えよう。




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