本物の色物物理学者たち

前野[いろもの物理学者]昌弘

 今回は、猪股氏の「複素電磁理論」に関する最も硬派な文献である下記書を紹介したいと思う。この本は、並居る超科学本の中でも随一の数式の多さではないかと思う。そのため、数式も多くなるが勘弁を願います。
 猪股氏は日本意識工学会の会長などをしており、超科学屋さんの間ではかなり祭り上げられているようです。そのせいか、最近いろんな人がこの猪股氏の理論を参考にしています。そういう意味でも、この理論を“勉強”する事には意味があるでしょう(ほんとか??ほんとうにあるのか??)

「ニューサイエンスのパラダイム」猪股修二著(技術出版)

 というわけで、以下、この本の章立てにしたがって内容を見ていきましょう。

1.「序論」

 最近超能力などが発見(!)され*1、「異端が正統となり、正統が異端となる科学革命がここ約十年間に起こったといえる」などと書かれています。猪股氏にとっては、現代科学はとっくに崩壊しているようです(この本の出版は1987年)。
 かってに現代科学が終末を迎えていて、わからない事ばかりで行き詰まっている、と主張しているのはこの手の本の常です。「わからない事」があるのは科学にとって当然の事なんですが(科学の進歩というものをどー考えておるのだ)。まして、科学よりもわけのわからないことやっとる人が…(どうわけがわからないかは、これからわかります)。

2.「意識の変換公式」

 最初、丁寧に(そこらの力学の教科書にもこれより丁寧でない説明はいくらでもある、というぐらい丁寧だ)ケプラーの法則からニュートンの万有引力の法則がどう導き出されるか、が書かれている。微分方程式を使ったまともな数学ですし、特に間違いはありません。*2

 さて、ここからです。まず、万有引力の法則は

万有引力の法則

であり、一方電荷Qとqの間のクーロンの法則は

クーロンの法則

です。そこで、Q=iG1/2M、q=iG1/2mとすると、この二つの式は等しくなる。このため、質量は虚数の電荷である、という事になります。猪股氏本人のいい方では「電子工学にはインピーダンスという概念があって、複素数が自由に使えるんです。私は物理量をこの複素数で表わしたらどうなるかとかんがえたわけです。(中略)意識というのは、複素化された物理量の虚数部分だと理解していただければ何も奇異な事はない」という事になる。インピーダンスを複素数にした場合、電流、電圧などは実部のみに意味があり、虚数部に特に意識という意味合いがあるわけではないので、やはりかなり奇異です。ところで、こういう風に「○○を複素数にしたらどうなるか?」と考えるのは、理系の学生ならたいていやっているのではないかと思う。上の質量を影の電荷だとする話も、言わば誰でも思い付きそうな話である。猪股氏の違うのはそれをどんどん追求して、世の中に発表してしまう事でしょう。
 しかも、この事から猪股氏は「このような文脈からいえば(2.27)(いろもの註:QとMの式)で表わされる“影の電荷”を重力質量M、あるいはmの含有する汎心論的意識の量と考えるのが自然である」と主張するのです。
 質量は質量と考えるのが自然であって、“意識の量”などという未定義用語*3に置き換えられても困る。“意識”の間に引力が働くなんて実験結果があるわけでもないのに。
 なぜこれが意識と関係あるのか、さっぱり説明しないまま、猪股氏は意識(Q)、質量(M)エネルギー(E)の間に以下の変換公式があるという。

意識、質量、エネルギーの変換公式

 この事から導かれる(導いていると言えるかどうかしらんが)結論がこうである。「かつて超能力論争の折、超能力の少年が折ったスプーンの質量が 3mg 欠損したという報告があり、そういうことがありうるかどうかの論争が起こったが、この変換公式の立場からはそういうことはありえるということであり、問題の質量は“意識”に変換されたということである。(中略)読者はこの図を少し検討していただければ、核エネルギーの根元は物質にはなく、汎心論的意識、“影の電荷”にあることがすぐわかるはずである」
 すぐわからない。影の電荷はけっこうだが、それがいったいどのようにエネルギーや物質と結び付いているかを示さなければそんな事がわかる筈がない。そもそも、質量と影の電荷にはどういう関係があるというのだ。
 こういう時に必ず出てくるのが、原子力エネルギーよりもこちらの方がよい、という理屈であるが、猪股氏ももちろんその機会を逃さない(機会でもなんでもないのだが)。以下の文章をお読みいただきたい。

 「新聞報道などによると、日本にはすでに33基もの電子力発電所があり、年間約2450億kWHの電力を供給しているという。(中略)E=c2/G1/2・Qの関係で計算すると約2.6CGS単位の影の電荷、意識量がエネルギーに変換すると、前述の2450億kWHのエネルギーを供給しうるのである。そして“影の電荷”“影のエネルギー”はわれわれの周囲の空間に充満しており、無限に汲みだしうると考えられるのだ」

 56億7千万歩ゆずってこれを認めたとしても、地球中の“影の電荷”を集めても1CGS単位にも満たない量しか集まらなかったら、どうするのだろう??
 それにもう一つ、影の電荷は汲み出しても汲み出しても尽きない物なのか?
 それに汲み出すエネルギーはいらんのか?
 汲み出すのに必要なエネルギーの方がでかかったら何にもならないのだが。
 しかし、そういう事の説明がないまま、この本は第3章に突入してしまうのだった。

3.「複素電磁理論」

 この章では、マックスウェル方程式が複素化される。複素化されたマックスウェル方程式は、次のようなもの。

複素化したマックスウェルの公式 複素化したマックスウェルの公式

 E1、H1などが実の電場、磁場である。2のついた方が虚数の電磁場です。上の二つは普通のマックスウェル方程式で、下の二つが一旦複素数化してから実部を取り出したものです。iρmが影の電荷で、影の磁気単極子なのだそうです。よって、下の二つの式は重力を表わすという(影の電荷は質量だから)。
 これからエネルギー(E2+H2)/8πも複素化すると、

複素電磁理論の式

となり、これから重力のエネルギーがマイナスである事がわかる。虚数部は「一応、度外視すれば」という事で、度外視する。*4
 ここで面白いのは、実部と虚部は電場と磁場を入れかえ、かつ時間の符合をひっくりかえすと同じ式である、という事。この事から意識の世界では時間が逆に流れることがわかるという(なぜ??)。
 というわけで(だ〜か〜ら〜、どういうわけだ)影の電磁場は時間逆行する。その為、実の波動が横波なのに対し、複素電磁場は時間の縦波成分を持つ、という。この前者をHertz波、後者をTesla波というのである。*5
 divE=0という式は電場が横波である事をしめしている筈なんだが…。そういう式を出しながら、これを縦波と称するのが合点がいかない。
 また、これにより、重力波も縦波である事がわかるので(わから〜ん(涙))、横波だと思って探しているのではみつからないのは当然だ、と書いている。重力波を探している連中の多くは一般相対論の検証のつもりでやっているのだから、縦波の重力波がみつかったらかえってこまるだろうな。
 この影の電磁場、重力を表わしていると言ったり、意識を表わしていると言ったり、でいったいなんなのかよくわからない。影の電荷が質量で、すなわち意識なのだったら、地球は大きな意識を持っている事である…。
 ここまでで、3章終わり。ここまででこの猪股氏の理論の概要(もしくは、概要が理解できない事)は理解できたかと思います。

4.「基本力の統合」

 この章では、力の統一理論をやってくれます。猪股氏によれば、物理学者の統一理論には現在力がどうあんっているかという視点が欠けている(もちろんそんな事はない)ので「著者のような工学畑の人間にとっては、ビックバンの初期には、重力、電磁力の強さが同じになって統一されると聞かされたところで、そのような理論をこの現実の世界に応用するに値するわけにはいかない」のだそうです。私にとっては、電磁場を複素化したら影の電荷がでてくると言われても、現実の世界に応用したくないですが。
 さて、この章ではまず一般相対論の重要な仮定である“等価原理”を批判しています。理由の一つはソビエトの超能力者がピンポンボールを空中に浮かばせているからだそうです。超能力で何かを浮かせる事ができたとして、なぜそれが反重力現象で、かつ等価原理を破るのでしょう。
 超伝導状態になった物質が磁場中で空中に浮くと、等価原理はやぶれているのでしょうか。ライト兄弟は飛行機で飛んで、等価原理を否定したのでしょうか。
 猪股氏は、この現象を「ニーチェが“重さの霊”といったところの、物体が占有し、重力質量の原因となる影の電荷(影の磁気単極)Q=iGM^1/2が、物体から削除された」か、「この物理的世界に根拠をもたない力」のせいであろう、と述べてます。
 後者の力は運動量やエネルギーを消滅させる事ができるそうです。例によってどう消滅されるのかの説明はありません(あのなぁぁ)。
 次には「複素中間子理論」とでもよぶべきものが登場しています。π中間子に関する説明(この説明自体はちゃんとあっている)の後、その方程式を虚数にかえたものがZ,W粒子だと結論します。ZとWはちゃんと、意識がどうこうという話ぬきに予言され、発見された粒子です。しかも、π中間子と、Z,W粒子は質量も性質もまるで違うのに、なんでこの二つを実部と虚部にしなければいけないのか、まったく説明はありません。
 第4章の最後には、点電荷のエネルギーの発散の問題が解決される、とあります。半径a、電荷Qの球のエネルギーは

球のエネルギー

で表わせるのでaが零になると無限大になります。しかし複素電磁理論では分子のQはQ1+iQ2+iG1/2mと、複素数になるので(Q1が普通の電荷、Q2が影の電荷、mが質量だそうです)二乗して実部を取ると(相変わらず虚部をどうするのか書いてないぞぉ)

複素電磁理論の式

となり、Q2とmの値を調節すればこの無限大を消せる、というのですが、そうすると全て消えてしまうような気がしますが…。

5.「相対論から絶対論へ」

 例によって例のごとく、相対論の否定です。まず猪股氏はカリフォルニアのペインという人の論をひき、光速絶対を否定しています。そのペインはブラッドレーの光速測定に目をつけています。

 ブラッドレーは、地球が動いているため北極星を見るためには本来の北極星の位置より地球の運動の前側に少しだけ傾けなくてはいけない。という事実から光速を測定した(これは高校の教科書にも載っている話)。SFファンなら星虹でおなじみの光行差現象ですが、この現象から「光の速度は光速cと観測者の光源に対する速度のベクトル和である」とペインは結論している。その結論自体は相対論の補正を受ければ正しいものです。
 猪股氏は「“影の電荷”とか“影の磁気単極”などの非物質エーテルが存在するという筆者の立場では、光速不変の原理とか、すべての慣性系の上で同一の物理法則が成立するという特殊相対性理論などは、化学的根拠のない、数学的、かつ、実証主義的哲学の立場からの仮定であると考えたい。」と述べている。*6ちょっとまって頂きたい。光行差がある事から相対論をだめだ、と言うためには、「相対論では光行差は存在しない」という事実が必要である。ところが、もちろん、相対論で計算しても光行差は出る。どっちでも出るのだからその他の現象もうまく表わしている相対論の方がいいではないか。
 ここで相対論にある程度詳しい人なら、「この人はマックスウェル方程式を複素化していながら、相対論におけるローレンツ変換はマックスウェル方程式が不変になるように作られているということを知らないのか?」と言いたくなるでしょう。
 しかし、猪股氏はちゃんと知っているのです。この後からしばらく、マックスウェル方程式がガリレイ変換*7に従うとしたらどのような付加項がでるか、という話(それこそ、相対論の教科書にのっている説明そのままに)と、その付加項は実験で否定されている話まで載っています。さらにマイケルソン=モーレーの実験から、ローレンツ変換を導くまで、しっかりと説明しています。ここまでの説明に、大きな誤りはない。では、どうしてそこまで認めていながら相対論を否定するのか。猪股氏はすでに相対論の前提も結論も支持しているというのに。

 普通の人はここまで証拠がそろえばエーテルの方を否定するのですが。
 猪股氏はローレンツ短縮に関して、『現在のところ、アインシュタインの特殊相対論の影響で、この短縮は“実在”のものではなく、“観念”のうちにしか存在しないものと考えている。ニューサイエンスとしての意識工学はもちろん、この短縮は“実在”のものと考えるのである。』と述べています。冗談ではない。特殊相対論でだって、もちろんローレンツ短縮は実在のものです。猪股氏はさらに、時間のおくれ(ウラシマ効果)についても同様の事を言う。いったいどこの本にローレンツ短縮やウラシマ効果が観念上のものだなどと書いてあったのだろう。
 では、猪股氏の言う“実在”とはどのようなものか。『ローレンツはエーテルに対して運動するときの電界の変化から、分子間力が変化するとして、短縮を説明したが、意識工学の見地からは、これは、意識の時間触媒作用と負の陰のエネルギーの流入によって説明できよう。すなわち、エーテル中を運動する時、物理的時間の流れが式(5.37)によって遅くなれば、物体中の分子の熱運動は進行方向で緩やかとなり、あたかも冷却したようなこととなり、物体は進行方向に関して短縮する。この場合、しかるべき量の負の影のエネルギーが空間を満たす影の電荷、意識から供給されることとなる。』と猪股氏は述べています。つまり、物体は運動すると冷え、短縮するらしい。なぜ短縮が進行方向だけなのだろう…。温度には向きはないはずだが。動かせば冷えるのだったら冷蔵庫はいらないかもしれないなぁ。

 これでお分かりのように、猪股氏は相対論の主張する事を誤って理解し、その誤った理解に対して反論しているのでした。
 それに、ローレンツがアインシュタインの意見に反対していたがごとく書いているが、実際には二人は互いを尊敬しあった仲で、もちろんローレンツも相対論を否定したりはしていない。
 かくもいろんなところで事実誤認の上に論拠がはられているのです。
 とはいえ、超科学本にこの手の「定説でない事を定説であるとしてこれを論破する」というものは数多い。たまされないように、ご注意ご注意。

6.「“空”としての真空」

 「またか…」の感のある題名です。なぜか超科学屋さんは「色即是空」を物理に結び付けるのが好きなようで。
 この章の最初に「ここで、いままで暗に仮定されていた実の物理量と影の物理量の転換の規則についてえたいと思う」とあり、“おおっ、ついにきたか”と期待してしまいますが、あまり実のある事は書いてありません。

 「真空が影の電荷(影の磁気単極)の海だといった場合、それは真空の影のエネルギー(虚のエネルギー)の海だということと同じことになる」とかいう、よくわかんない文章が何度も出てきます。そのあげく真空が引力を示すのは現実にあわないのでどうこう、という理由から「ある量の正の影の電荷(影の磁気単極)が存在するとするならば、それと性格に同量の負の影の電荷(影の磁気単極)が存在して打ち消し合っていなければならない」と言ってます。じゃあ、どうやってその打ち消し合った電荷から人類の危機を救うためのエネルギーを得ればいいと言うのでしょう。
 この後、ディラックの電子論について、例によって誤解しておいて批難する、という手法で話をしています。こんな具合です。「ディラックがやったように、負の実のエネルギーを実在のものとすると、負の無限大エネルギーを零エネルギーと等置したり、あるいは無限大の負の電荷を零電荷と等置するという無理をおかすので、そのレベルは捨てる事にする。そして、影の正負のエネルギーレベルを実在のものとする」よくわからない文章だが、要はディラックが反粒子の存在を導く際に「真空は実は“らば電子”がつまっていて、その“らば電子”のつまっていない穴が反粒子のようにみえる」と言ったのに対し、“らば電子”なんてない事にしてしまえ、と言っているのです。そして、その代わりにわけのわからない影のエネルギーをもった電子をあることにするわけです。
 どっちが無理だか、よ〜く考えてみよう…。
 というわけで、対発生や対消滅にかかわるのは影のエネルギーだ、という事になったので、電子と陽電子が対消滅する時はm+imのエネルギーがでてくるそうな(mは電子の質量)。

7.「複素熱力学理論」

 ついに熱力学も複素化されました。最初に「現代物理学では、物質とエネルギーは等価だから、このことは同時に、エネルギーが“空”としての真空から創造され、“空”として真空へ消滅しうる事を意味する。19世紀的なエネルギー保存則はかくして打破された」とあります。現代物理学で等価なのは「質量」と「エネルギー」という、物質の二つの属性であって、物質の属性であるところのエネルギーが物質と等価になる筈がありません。勝手にエネルギー保存則を打破しないでください。その後、その証拠にスプーン曲げはエネルギー保存則を破っている、と勝ち誇っています。「スプーン曲げのエネルギーは超能力者から供給されるのではないですか?」と質問したいところですが…。
 熱力学第2法則の方も、超能力の存在によって、破られるそうです。水中の球体を動かす超能力を引き合いに出して「通常は水の分子はたえず、球体にぶつかっているが、その方向がランダムであるため球体はどの方向にも動かないのであり、“意識”は水の分子の動きに規則性を与えたと見られる」と述べています。これも変な話で、水の分子を直接念力で動かした、となぜ考えないのでしょう?
 規則性を与えるにしても、方向を変えるという力は必要な筈ですが。

 第2法則の破れの例として、燃料を磁化して燃費を改善するエンジンにふれ「これは“影のエネルギー”が流入したからだ」と言っている。影のエネルギーそんなに簡単にほいほいと流入していいのか影のエネルギーって虚数じゃないのか影のエネルギーが流入したのなら、それは第2法則が破れたといっていいのか…と疑問が山程浮かびます。
 この後は例によって、温度と熱量が複素化されその熱力学を使えば上記現象は説明しうる、とある…。

 さて、猪股氏はさらにマックスウェルの悪魔の話をはじめ、まだ変換公式はわからないが、“情報”がエネルギーに転換するのではないか、と言い出す。というのも、磁石を使った永久運動機械があるからである。この永久機関、磁石とセンサーと吸着版(なんなんだろう)を組み合わせて、磁石のついた板をその磁石と反発するように置いた磁石の近くで回し、磁石が前にきた時は吸着版を下ろしておき、行き過ぎたところで下ろすと、反発力で加速し、という事の繰り返しで永久運動を続けるもので、上げ下ろしのエネルギーはモーターの発電の半分ですむ、と言う。
 つまり、吸着版の上げ下げの“情報”がエネルギーに転換されているのだ、と主張するわけである。この機械自体、とても動くとは思えないのだが…。

 自信たっぷりの猪股氏は「もはや教科書の大幅な書き直しは不可避になったと言える」と述べている。教科書を書き直す日を夢見るところは清家新一と同じ。

8.「複素時空論」

 この章はいきなり予知や遠隔視の話から始まります。被験者を二つにわけ、一方にある景色を見せ、もう一方に浮かぶイメージを記録させる、という実験を行ったそうです。その目的地の写真とイメージの絵がのっていますが…どこが共通してるのか、見てもわかりません。で、この実験から(1)予知が行なわれていること(2)被験者は実際の光景と鏡像的な傾向を見ること(3)意識情報は夢のように“非論理的”であること(ぉぉぃ)の3つがわかったそうです。
 相対論がよく、光速度以上の速度がなければ到達できない場所を「空間的に離れた場所」と言いますが、猪股氏はリモート・ビューイングとかテレパシー通信によればこの制約が乗り越えられる可能性がある、と言います。上の実験ではそんな事はわかるはずがないのですが(せめて光時単位で離れた二人で実験しなきゃ無理でしょうに)。
 ここで複素時空論がはじまります。相対論の4次元的距離、

相対論の4次元的距離

複素化した相対論の4次元的距離

のように変えます。(は複素共役)。すると虚数の自乗が式に入って来ますので、これで相対論の制約は外れるとか。どう外れるのかは例によって書いてません。
 予知などが可能になるのは「我々の宇宙には時空を越えた巨大な情報源の実在を示唆」している、と言っていますが、これは深野一幸氏もよく話題に出す、「アカシックレコード」のつもりなのでしょう。
 しかし、猪股氏はマックスウェル方程式の虚数部では時間が逆に流れる、と言っていた筈。それなら「時空を越えた巨大な情報源」なんてなくても予知くらいできんのでしょうかねぇ。

9.「パラダイムの検証」

 この章では、これまで書いて来た事の検証をします、と言って、まず静電冷却を取り上げます。これも複素電磁場と複素熱力学を使えば理解できるとか。具体的には、影の磁気単極の流れが存在し(これは非存在の流れだから、いくらでも流れうるのだそうで)、なにかの異常事態が起こっているらしい。
 猪股氏によれば、この影の電荷はニュートリノだそうです。それも、影のディラック方程式に従うそうです。で、この影のエネルギーをもったニュートリノの流入により、自由エネルギーが減少することで静電冷却を説明できる、と言うのですが(もうなんとでも言って、の世界)。
 第2の実験が鉛蓄電池です。蓄電池に影のエネルギーが流入すれば云々、とまた同様の事が書いてあります。実験は高圧電界をかけた状態で蓄電池に充電する、というもので、高圧電界は鉛蓄電池の充電過程に影響をおよぼし、半分の時間で充電されるようになったという事です。電界をかけた分のエネルギーはちゃんと計算してるんだろうなぁ…。
 他にもいろいろと「ほんとかなぁ」と思ってしまうような実験、「で、だからどう複素電磁理論と関係するの?」と言いたくなる結論の誘導がみられます。面白いのはここに生体中の元素転換の話まで入って来ている事です。この生体元素転換はケルブランという人の実験なのだそうです。以下ちょっと引用しますと、『(前略)雲母のなかにはカリウムが存在している。ニワトリからカルシウムとカリウムを奪うと、軟らかい殻の卵を生む。そしてニワトリに雲母を与えると、二度正常な殻の卵を生み始める。このような事実はケルブランによるならば、ニワトリの体内でつぎのようなカリウムからカルシウムへの元素転換が行われている事を示唆するという』というものです。与えた雲母の中に微量のカルシウムはなかったのか、と聞いてみたいですよね。
 当然、この話に対しては、核反応で発生するエネルギーが莫大なものである、という批判がされます。猪股氏はここで「質量がエネルギーでなく、意識に転化する」というお得意の論理でこの批判を避けようとしています。
 猪股氏によれば、ケルブランは「アインシュタインの法則は書くの内部の諸エネルギーには通用しないのではないか?」と言っているそうです。これは無茶な話で、核反応の実験でこそE=MC2は充分検証されています(というより、核エネルギーくらいでなくては、E=MC2が観測にかかる事はまずない)。

 猪股氏がケルブランを引用している部分を引用します。

 『ニールス・ボーア、この「原子の父」は「原子核ではエネルギー保存の法則をヨホド慎重に考えないと、大きなマチガイを起こす」と言ったではないか?「ボーアの原子」自体永久運動を根底に持っている!H原子では一つのエレクトロンが永久にプロトンの回りを廻っているのか?そのエネルギー減らないのか?ドコからきたのか?くるのか?山なす説明はあるが(我々はマダ、引力とか万有引力とかいう力がソモソモ何物であるかと知らないのだから)全く怪奇小説家キツネにつかれている様なものである』*8

 電子が陽子のまわりを廻っている時、定常状態になっているのですから、よそからエネルギーを補給する必要などありません。そもそも、エネルギー保存という概念を勘違いしているとしか思えない文章です。*9この文章の後に「ケルブランの追求に答える物理学者は世界中に一人もいないのではないか」と猪股氏はコメントしています。きっと、山なす物理学者が答えてくれる筈なのですが。
 この後、超伝導について「空間からのニュートリノの流入によって高温超伝導が起こっている」とあります…(なんでもかんでも、どっかから流れて来ればそれですむのかぁ)。

10.結論とエピローグ

 これが最後の章ですが、その最初の方には、唯物論がどうのという話や、ニュートン力学は意識を考えないからダメだとか、そういう事がかいてあります。
 しかし、興味を引くのはその後の「本書が成立したいきさつ」でしょう。
 猪股氏のこの分野の研究は、ユリ・ゲラーが有名になり始めたころに始まるそうです。「この分野の専門家である後藤以紀元工業技術院々長、関英男元電気通信大学」から話を聞き、「後藤先生の英国スピリチュアリズムのエクトプラズムのスライドはファンタスティックだったし、関先生の話はかなり宗教的なものだったと記憶している」と感想を持ったらしい。その後、電気通信大学で「通信を扱う大学だから、サイキックな通信を研究する事が必要だ」と言う意見の岡田幸雄先生の研究会(門をくぐる人は超常現象を信じなくてはいけないのだそうな)に参加した、という。
 やがて、猪股氏自身もスプーン曲げに成功し、「私は岡田先生と一緒に気違いの仲間入りをすることにし」、いよいよ超能力研究を始めたのだそーな。
 後に猪股氏は関英男と袂を分かつ事になります。『先生に“もっと科学的にお考えになったらいかがでしょうか”と進言申し上げたところ、“何故宗教を離せというのかね”というお答えがあり、−それが超能力研究−もって学問的にいうならば、意識工学研究の“科学派”と“宗教派”の世界的な分裂の契機となったのである』と本人は回想しています。この人の“科学的”とはいったいどういう意味なのでしょう…。氏のやっている事は確かに宗教ではありませんが、科学とも言えないように思えます。「数式が使ってあるから科学」とでも思っているのでしょうか。それにしても、猪股氏と関氏が袂を分かっただけで世界的な分裂が起こるんですねぇ。恐いですねぇ、超科学の世界は。
 その後、意識工学国際会議の話などが紹介され、今ではJPI(日本意識工学会)の会長をしている、という話がかいてある。チェコで意識工学国際会議があった時にチェコの現状を見て『社会主義という制度、組織に問題がある』と思ったという話まで入っているが、これは猪股氏いうところのいわゆる左翼文化人に「ニューサイエンス」批判者が多い事の意趣返しであろうか。
 最後の一文を引用して、この長い紹介を終わりにしたい。

 『内容は色々な意味において衝撃的なものになっている。現在はニュートン以来といわれる大規模な科学革命の真只中にあるのであり、それはいたしかたのないことである。読者は、冷静かつ柔軟な頭脳で本書を検討して頂きたい。』

 つまり、猪股氏自身は自分こそ冷静かつ柔軟な頭脳を持っていると思っているらしいのですが…皆さんは、どう思われたでしょうか?

*1  猪股氏が超能力にめざめたのはバーのママさんがスプーンをまげるのをみてからだそうである。
*2  超科学者に対する誤解の一つに、「超科学者は数式を扱えない」というのがある。しかし、実際のところ、「扱えない」人も多いが「扱える癖に間違った結論を出す」人も結構いるのだ。
*3  この本のここまでにその明確な定義はない…どころか、最後までわからないままなのだった。
*4  なんでそう簡単に度外視しちゃうんだよぉ。この本では読者が一番気になる「その虚数部はなんなのだ」という問がいつまでたってもほっぽり出されたままなのである。
*5  ニコラ・テスラという人は超科学文献にかなりの確率で登場する。交流発電機に関していろいろな仕事をした(磁束密度の単位にその名を残している)人でありながらエジソン(=権力)と闘争して負けた、という悲劇的な面が超科学者の心をゆさぶるのであろう。しかし、テスラの晩年はまさに超科学者なのである。
*6  「科学的根拠のない」と「数学的」と「実証主義の哲学」が3つならぶあたりはちょっと異様。
*7  ガリレイ変換というのは、ある速度で動いている人から見た場合に物理がどう見えるかを計算した変換。相対論登場によってローレンツ変換の速度が小さい場合の近似である、ということになった。
*8  念の為に行っておくがこの引用は原文のママである。いったいどんな訳者が訳したのやら。
*9  矢追純一が最近の本の中で同様の事を書いています。いつになったらこの誤解はなくなんでしょーか。




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