先月、公式文書において、谷甲州氏の作家活動20周年記念パーティー・レポートを報告した。
だがしかし、肝心の作成したはずのレポートの中心部が消失しており、単なる道中記となってしまっていた。谷甲州黙認FC青年人外協力隊内反乱組織、外惑星聯合代表部主席である私は、そのことを酷く遺憾に感じる。よって、改めて真実の内容を、公表したいと思う。
パーティーの主役は、誰がなんと言おうと、谷甲州氏である。
すでに刊行されている彼の書物、もしくは作品が掲載されている雑誌の多くには、著者近影と言うことで、彼の写真が掲載されている。しかし、その写真について、まことしやかに流れている噂がある。「谷甲州影武者」説である。その説も、大きく二つにわけることができる。一つは、写真自体は本人のものであるが、パーティーや対談といった公式の場には、暗殺などという陰謀の実行を阻止するため、ソックリさんが現れるのだそうだ。もちろん、家族にいたってもそうである。もう一つの説は、写真そのものが、真っ赤な偽物であるという説。公式の場には、もう一つの説と同じ理由で、写真の人物がやってくるのだという。この影武者説の裏には、青年人外協力隊が動いているとか動いていないとか。この噂の真偽のところは、私にも分からない。しかし、外惑星聯合の調査課題としては、面白いテーマの一つであろう。
パーティーは、始まった。手際の良い段取りで、パーティーは滞りなく進んでいく。
女性陣は、生まれ立ての赤ん坊をあやしたり、同性同士で集まって世間話(かどうかは本当は分からないが)に花を咲かせる。男性陣は、壁際に用意されている料理のテーブルに群がったり、酒の入ったグラスを片手に、甲州氏を囲んだりしている。
私は、勝手に食事を取りながら、何気なしに甲州氏に目をやった。
何かが変だ。何かが変わっている。でも、それが何かは、その時点では、皆目検討がつかなかった。すっきりしない胸のモヤモヤを抱え、私は、出席者との世間話に加わった。
本当に、他愛のない世間話だった。仕事の話やポケモンの話、偶然にもパーティーと日時が重なってしまった同人誌即売会の話。二次会には行くの行かないのという話もしていたかと記憶している。その時も、甲州氏は、人外協隊員や同業者達囲まれていた。料理を取り入った時に、歓談している様子を確認したので、間違いはない。やはり、その時も、ちょっとした違和感は拭いされなかった。
世間話に混じりながら、「何が変なんだろう」と考えてみる。
ふと、「谷甲州影武者説」が脳裏をかすめた。じゃぁ、今、このパーティーに参加している谷甲州は真っ赤な偽物? 私が実際に動いている谷甲州を見るのは、今日が初めてである。ここにいる谷甲州が本物なのかどうか、判断しかねる。世間話に加わっているのは、幸い、人外協に古くから籍をおいている人たちである。影武者説のことをそれとなく切り出してみる。
「あー、あれ? 大阪支部のいつもの冗談だろ?」
「そんな噂、嘘だってば。私、甲州先生のお宅に何回かお邪魔したことあるもん」
「良いなぁー。なんで行ったの?」
「1回は、こううしゅうえいせい用のインタビューをしに。それから、何かの時に、人外協のメンバーと一緒にお邪魔してね……」
本当に、噂自体がガセネタなのだろうか。でも、やっぱり、納得が行かない。話が雑談に戻ったことを機に、私は席を外した。お手洗いにいくためである。甲州先生がいた筈の場所に目をやると、そこには目当ての姿はなかった。単に、他の集団のところへ場所を移したのか、トイレか、飲食物を取りにいったのか。
トイレから出ると、視界の片隅に、何かの影が引っ掛かった。よくみると、誰かが廊下を曲がろうとしている、その後ろ姿である。男性であるのは間違いないが、誰であるかはわからない。私の中の好奇心が、鎌首をもたげる。だいたい、好奇心が動き出す場合、十中八九、危険な目にあってしまう。しかし、それでも、後を追いたい衝動にかられ、その人物の消えた角へ走った。その時間差は、ほんの数秒も経っていなかったように思う。だが、曲り角の向うには、誰もいない。あるのは、行き止まりの廊下と、閉め切った3つの扉である。
正面に扉が一つ。左右の壁も扉が一つずつ。どれも、ペガサスの間程の大きさではないにしろ、パーティー会場に使える広間らしい。
一部屋一部屋様子を伺う。どの部屋からも、人のいる気配がする。
右側の部屋。ホテルの従業員たちが、何かのパーティー(結婚式かも知れないが)の設営をしている。
真ん中の部屋。20周年パーティー・スタッフの控え室らしい。沢山の荷物があり、見知った顔がいくつか、部屋の真ん中の方で、何かの準備をしている。パーティーの余興の準備らしい。
残るは、左側の部屋。扉を、10cmくらい開け、中の様子を伺ってみる。しかし、扉のすぐ前に、衝立上のものがあり、人の気配はするものの、どんな状態なのかわからない。恐る恐る、静かに中に入ってみる。衝立の横に観葉植物があるし、うまくやれば、身を隠せることは可能かも知れない。
衝立から室内を覗き見ようとした瞬間、肩を掴まれ、強引に振り向かされる。
「主席! 何をしてるんです!?」
そこには、人外協のメンバーの一人が、立っていた。
私は、しどろもどろになって、答えることができない。衝立の向うで、何人かの狼狽えている様子が、手に取るように伝わってくる。
「あ、あの……甲州先生が、この部屋に入ってくるのを見たから、サインをもらおうかと思って……。ハハ……焦って、追い掛けてきちゃったから、サインペンと本、会場に忘れちゃった……」
冷や汗と脂汗が体中を伝っている。お、怒られる? まずかったかな? どうしよう?
「じゃ、会場に戻って、サインしましょう」
衝立の向うから、甲州先生が顔を覗かせた。笑顔ではあったが、ぎこちなく見えたのは気のせいだったのだろうか。 「あの、甲州先生、この部屋で、お一人だったんですか?」
家族が会場に残ってるのはわかっていた。もし、人外協のメンバーでも、それ以外でも、やましい立場でなければ、息を潜めてるのはおかしいはずだ。しかし、室内から、こっちの様子を身に来たのは、甲州先生一人のみだった。
「あぁ、そうだよ。この部屋は、僕と家族の控え室なんだけど、ここに置いている手荷物に、本を忘れてしまってね。さぁ、会場に戻ろうよ。余興が始まる時間だ」 結局、その部屋から出たのは、甲州先生と、人外協のメンバー一人と私の3人である。しかし、中に、まだ複数の人間がいたのは、間違いなかった。
私達は、会場に戻った。
パーティー自体はとても楽しくすばらしいものだった。しかし、最後の最後まで、噂の真相は突き止めることができなかった。それが、唯一の心残りである。もし、今後、調査の機会を与えていただけるのなら、谷甲州影武者説の真偽を確かめたいと思う。
以上で、パーティー・レポートを終わりたいと思う。