暗号兵は間違っている
−または、年表の逆襲−

田中[暗号兵]正人

 既に私は『こうしゅうえいせい』に「航空宇宙軍作品年表稿」なるものを発表しておりますが、その後再検討の結果『カリスト−開戦前夜−』の部分について、訂正の必要ありと思われる点が二、三出てきましたので、今回同作品のカバーする、二○九八年から二○九九年年初にかけての事件展開の解釈を改めておきたいと思います。

 ところで。
 年表は事件(つまり項目に対する検討というか、考証の結果)だけを羅列したものに過ぎないわけで、個々の日付決定の根拠については省略に任せてしまいました。そこで、今回は訂正したものを示す前に、私の日付検討のプロセスについて少し説明しておきたいと思います。もっとも、紙幅その他の事情から、全てについては無理なのですが。

 まず、この『カリスト−』は、何時からストーリーが始まるのでしょうか? これを最初に考えてみましょう。
 テキストの五二頁目には「二○九八年の−二一世紀の終りまであと二年半を残すばかり」とありますが、残り半年となるのは、果たして何月のことか、ということが問題となります。自明のことに見えますが、実は前回私はこの点で大きな錯覚をしていたのです。一年が半分終ったといえるのは、七月に入ってからなのですね。ですから、テキストのこの表現にあてはまる時期は、−「ばかり」という表現にどの程度の幅を認めるかにもよりますが−どう繰上げても二○九八年の六月下旬以降、ということになるのではないでしょうか。
 取敢えず、冒頭のアリオト・ベースでの防衛軍幕僚会議を七月のごく始めのことと仮定しましょう。アルテミス宙港での事件−ダンテ隊長らの、地球エージェントの逮捕は、この幕僚会議とそれほど時間を隔てていないことは、四九頁のエリクセン准将の台詞に「ここへ来る直前」とあることからも判ります。おそらく会議と同日、連絡艇での移動時間を考慮に入れても翌日と考えるのが妥当でしょう。
 ではアルテミス宙港の事件は何時のことでしょうか。ここから先は独断になりますが、私は四一頁のランスの「ただし、昨日づけで所属がかわった」という台詞に注目したい。七月の初め、という時期にピンと来るものは、ありませんか。もしランスの転属が、内実は左遷であっても表向きは定期の移動を装っているのなら…「昨日づけ」が七月一日の人事移動という可能性は、かなり高いと思うのですが。(因みに自衛隊の定期移動は八月一日づけだそうです)とすると、アルテミス宙港事件とアリオト・ベースでの会議は七月二日のことではないか? と思うのです。
 すると、ダンテが陸戦隊隊長に任命されたのはおそらく会議の翌日のこと−会議の時点で山下准将にダンテを隊長に任命する腹案があったとしても、事務手続のことを考えると、発令は即日では無理だと思うからですが−で、それは多分、七月三日か四日(本文中、ダンテが山下准将のオフィスへ出頭して陸戦隊の編制を命令される場面に、「昨日、宙港でとっつかまえた例のエージェント」(八九頁)という台詞がありますから、おそらく七月三日)になるでしょう。そしてランスがダンテにスカウトされたのは、その翌日ではありますまいか。ダンテが隊長任命直後から隊員の人選にかかったとして、ランスを選び出すのに「丸一日かかった」(九九頁)ということなのだそうなので。
 そのあとの、ロッドがアチュベ中佐からRAMカードの復元を命令される時期は判りません。叙述に手掛りがないのです。復元作業の完了の目処が立ったのがその三日後である(一二七頁)ことは明記されていますが。
 そして、この復元作業の完了の日から、航空宇宙軍の査察通告のあった、ミザルー・コンプレックスでの定例会議−幕僚会議までの間に数日あることは確実でしょう。何故なら、定例会議の日までにアチュベ中佐はカードの内容についての緊急報告を提出し(一三○頁)更にカリスト防衛軍の緊急時動員計画書のコピーの閲覧(一三一頁)と、射出機雷の生産計画に関する調査(一三二〜一三三頁)を行なっているからです。
 では、航空宇宙軍がゾディアック級フリゲート艦を木星軌道に進出させ、突然の査察通告を行なってきたのは何時か? これを推定するには少々面倒な手続が必要です。ここでは、先ず査察通告の日をD1日としておきましょう。
 D1日の「五日ほど」あと(一七九頁)、
  カリストとガニメデが、地球圏に対する重水素の供給削減に踏み切ったとき、航空宇  宙軍のフリゲート艦はあっけなくアナンケに後退した。(二○○頁)
 となり、更に「一ケ月」のち(二○○頁)リュカオンセルで会議があり、ここでダグラス将軍のタイタン派遣がスヴィエク主席によって決断されるわけです。そして、この日をD2日とすると、この日は「来月一日まで、あと一○日」(二○八頁・ただし発言者は不詳)との台詞から、大の月であれば二一日、小の月であれば二○日であることが特定出来ます(会議の最中に日付が変っていなければですが)。とすれば、D1日はその前の月の一五日、あるいは一六日頃となり、D1日が七月のことであれば、D2日は八月のこととなって、従ってD1日は七月一六日、D2日は八月二一日となる、といえるのではないでしょうか。

 まあ、このように個々の事件の日付を推理しながら、一応の試案として提出してみたのが、前回の「年表稿」であり、今回の訂正であるわけです。ただし、今回は『カリスト−』に直接関係する事項だけを取り上げ、本作と一部時期の重なる「タイタン航空隊」や、『タナトス戦闘団』に関するものは省いてあります。

 年表のデータはこの記事以降も含めて最終的に追加されたデータをすべて含んだものが、航空宇宙軍作品年表稿にありますので、この時期に発表されたものは掲載しません。




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