当日は午前九時半過ぎに着き、十時から始まった。
一部屋を仕切って、A、Bの二チームに分かれる。自分はAチームだった。
始めに決めたのが、我々は誰か(種族としての生物的な位置)、だった。ここで、生息密度が増えると出生率が低下する、という設定から、巣別れが必須である種族、というものが提案され、移民団である、ということが決まった。
次に、我々が何者か、を決める。ここで、陸生で、飛べず、瞬発力はあるがスタミナは無い、という特徴が決まった。さらに、植物のように、太陽光から何らかの手段でエネルギーが得られるようにしようということで、光合成によるエネルギー代謝能力がある、という設定が出来た。同時に、有機物によるエネルギー代謝(捕食)も行える、と設定された。
ここで、どちらのエネルギーを主にし、副とするかでしばらく話し合いがあったが、結局、有機物を主とする、ということで落ち着いた。
次は、移住することになった星系へどのようにして行くか、の部分を決める。これは、事前にプローブ(探査機)を出しており、その調査で居住が可能であることが知れ、先遣隊を送った後、後から移民団を送り込む、と決まった。
ここでの、移民団の数を決めるところで『二十億人』という言葉が出る。『バルタン星人と同じ』らしい。分からなかった。
移民団を送り込む方法として、五月雨式というものが決まった。これは、宇宙船が建造できた端から移民団を詰め込み発射する、というもので、次々に発射される移民船がほぼ同じ軌道上に一列に並ぶことになる。つまり行列だ。
先遣隊の船は核パルスエンジンで、移民船はレーザー推進で送られる。
このあたりで昼休憩が入った。当日一緒に来ていた、同じ学校の生徒と合流して昼食を食べる。自分以外全員Bチームなので少しさびしい。
再開。生物の具体的な設定を詰める。光合成が可能であり、なおかつ普段は活発に活動することが出来るようなもの、という指針が話された。
生命体の外見の案はいくつか出た。基本的に、光合成のための受光器を持ったもの、という部分をベースに考えられた。
モモンガのような生物──皮膜を持ち、それを光合成の受光器として使う、または、肋骨を広げて表面積を増やす、というもの。
エリマキトカゲのように、トサカがあり、傘のように開く、というもの。
皮膜を風船型に膨らませるもの。
この過程で、この生命体は夏の間は体温が上昇しすぎるために、冬眠ならぬ『夏眠』をする、という設定が加わった。この生命体の生まれた惑星は、公転軌道が楕円を描く。そして、その楕円は恒星を真ん中に置いて描かれるのではなく、恒星の位置は一方に偏っている。そのため、夏が短く苛烈で、春から秋にかけてがひどく長い、ということだった。
最終的に、話の過程で決まった、基本形としての円盤に近い形で、且つ、風船型、ということに外見は決定した。体色は光合成のためにということで、簡単に緑色と決まる。エネルギー変換に利用する周波帯で色が決まるんだけどね、という話を聞いた。
サイズは、多数決により、人間より小さいサイズ──60センチ〜120センチと決まり、ここまでで、生命体の外見は整った。生命体の姿を絵にする段階で、『緑色のたれぱんだ』という言葉が出て、笑いが起こっていた。
次は同種族間のコミュニケーション手段だ。これは脚部内に振動感知機関を持ち、足の指で地面を叩くことにより会話する、と決まった。
生物の寿命は、おおよそ公転周期の三十周分となった。この惑星が一周公転するのに、地球で言えば二年半の時間が掛かる。なので、この異星人の寿命は地球時間で七十五年ほどだ。
生命体の名前は、いくつかの候補の中から、多数決により『冬知夏草』と決まった。
このあたりで、生命体についての設定は終了して、今度は有意情報を捉えたときの反応はどうするのかを決める。
この種族の最大目的は移民であり、文化的な意識としては他人が既に居住している土地は他人のものであるという意識を持っている。なので、言ってみれば、知的生命体のいない土地は『早い者勝ち』である。なので、もし有意信号を感知しても、交渉する人員を残して、それ以外の先遣隊のメンバーは地上に降りることとなる。地上に降りることを優先する理由はもうひとつあり、居住区や、レーザーによる移民船のブレーキング装置を作ることが必須だということがある。これは最も早く到着する移民船が、先遣隊の到着後三年で到着してしまうためで、『納期は三年』ということらしかった。
次は、恒星間航行船の中には、惑星間航行が出来る宇宙船が積まれているか、ということ。これは、ブレーキングの装置を作るためには他惑星に移動しなければならないため、当然積んでいることに決まった。
十分の休憩後、いよいよコンタクトが始められた。
最初に捉えたのは相手の機影だった。同時に向こうからこちらへ通信が来た。それは、なんだか完全に暗号だった。こちらの生命体が五百年前に発射したプローブのプログラム内から抜き出した記号を再構成して作られているらしい。
内容は、その特徴ごとに、前半部、中盤部、後半部に分けられ、それをワンセットにして繰り返し送られてきているようだ。
前半部についてはいつも変わらず、中盤部は毎回複雑に変化している。後半部は二パターンあり、その文字列が少ないものと、文字列の多いものが、信号の送られるごとに交互に入れ替わり続ける。後半部の文字列は、長いほうは長いほうで、短いほうは短いほうで、文字の構成は普遍だった。
これはいろいろな意見が出たが、結局解読は適わなかった。クーリーの人の判断によって、時間が経ったことにより、解読器による解析が進んだとして、中盤部はその信号が送られた時刻を表していることが分かった。そこで、こちらがそれを解読できたことを示そうと、向こうがこちらへ送り込もうとしている信号、その中に刻まれた時刻に、ぴったりと重なるタイミングで、同じ時刻が刻まれた信号を送った。
信号の後半部は、短いほうは『つながりましょう』という意味を持つらしい。意味が判らなかったので、『どういう意味ですか?』という信号も送る。長いほうは……忘れてしまった。多分『つながると私たちはしあわせです』といったようなものだった気がするが、記憶に自信がない。
『どういう意味ですか?』に対する返信が帰ってきた。その内容は、『つながることが出来ると、我々は種族としてさらに次の段階へ進むことが出来て、とてもすばらしい』といったようなものだったと思う。これも記憶が少し曖昧。
そうこうしているうちに、先遣隊の船が目標である惑星に近づいてきたので、こちらの異星人は地表に降下することになった。向こうから『地上で会いましょう』という通信が来たが、こちらとしては土地が早い者勝ち、という気持ちがあるので、『上で会いましょう』と返信をする。
先遣隊の作業員に当たるクルーは地上に降りるが、外交員に当たるクルーは衛星軌道上に残る。地上へと向かうこちら側の船にも、向こうの船のうち何隻かは付いて行ったが、軌道上の船へもお互いが接触した。
ここから、本格的に、実際にお互いに顔を付き合わせてのコンタクトが始まる。
部屋はパーティションで仕切ってあるだけなので、それを取り払えばお互いのチームが顔を合わせることになる。
設定としては、こちら側の宇宙船へ、あちら側の異星人が乗り込んできた、という状態らしい。こちら側の外交員は、指導者層の生命体一人、その補佐である大臣一人、生物学者二人、という構成だった。
まずは互いにあいさつ。向こうの姿がホワイトボードに写されている。カニに似ていた。
向こうの異星人は、こちら側の口に当たるところから体内に侵入してきた。体内で、向こうにとって『センサー』にあたる紐状の器官を内壁にあてる。外交員は押しなべて吐き出した。
双方向かい合い、翻訳機を介して会話を始めた。
カニ型異星人は、母星の説明をした後、こちらの目的をたずねてきた。
移住に来たことを告げると、向こう側も目的が同じだと答え、そして、つながりましょう、と言ってきた。その意味を尋ねると、カニ型異星人は、自分たちの種族同士で『つながる』ということを実際に行って見せた。お互いの紐状の器官をくっつけあい、それが背後に控える同種族たちへとずっと続いているという状態だと説明した。その上で、カニ型異星人は、つながり方を調べるために、こちら側の人員を一人くれ、と言う。しかし、それには応じなかった。
双方、同種族内で一度話し合う。
改めて向き合い、こちら側から、惑星上のどの辺りに住むつもりか、と質問する。
どこでも、とカニ型異星人が答える。こちらが、海では駄目か、と聞くと、難しい、と答えが返ってきた。
カニ型異星人は、こちらの人数を聞いてきた。二十億人、と答えると、向こうはひどく喜び、ぜひつながるべきだ、と言い始めた。しかし、こちらはそれには応じなかった。危険性があるかもしれないし、その上こちら側には『つながる』器官が備わっていないので、と答える。
今度はこちら側が、相手の人数を尋ねる。三千人、と言う答えだった。
その上で、こちら側は、土地は早い者勝ちだ、ということを伝えた。カニ型異星人はそれに対して、土地を分けないか、と提案したが、こちら側の異星人としては、現時点でのこの惑星の土地はどちらのものでもないので、先に降り立った土地がお互いに所有物となる、という意識がある。なので、同内容の言葉を相手に伝えた。
結局、話し合いは最後まで行われず、午後五時ごろ、コンタクトシュミレーションは時間切れのため終了した。当初の目標はとりあえず意見を言う、だったが、あまり達成できたとは言いがたい。というか、遠まわしに表現するまでもなく、できてない。
その理由を考えてみたら、客観的な理由として、話が難しかった、というのと、主観的な理由としては、細かいことを気にしすぎ、というのがあった。
確か、終了後に回されるアンケートには、『楽しむところまでは行かなかったが勉強にはなった』といったようなことを書いたと思う。
基本的には、話についていくのに必死で、気が抜けなかった、という意味だ。しかし、勉強になった、という部分には、反省が多かった、という意味が含まれる割合として多い。
参加者はコンタクトシュミレーション経験者の人が多かった。やはり、とても話の進み方が早い。どちらかと言えば、話し合いは『発表』ではなく『対話』で進む形だった。このあたりが、自分の苦手な種類のものだったので、今ひとつコンタクトに対して貢献できなかった所以だと思う。もちろんそれは、自分の経験が足りない、という意味でだけど。
だが、その分、自分の意見が設定に取り入れられたりしたときはひどくうれしかった。やはり、大人数で何か根っこのある創造物を作る、という作業には高揚感がある。何が出来るかわからない上に、リアリティがあり、そして、自分は特に、想像上の生物、といったものになぜかひかれるところがある。これらの複合で、自分はこのコンタクトシュミュレーションというそのものは好きだ。
結局、楽しめるか楽しめないかについては、あとは知識と慣れに左右されるんだと思う。
今回自分がした発言は、生物の基本的な形とか、体器官の位置とかの、あまり下地になる知識が必要のないものだった。次、また参加するようなことがあれば、これ以上の部分、例えば、生物の文化とか生態とかについて口を挟めたらいいな、と思う。
あとは、あんまり自信のある意見でなくても、とりあえず口には出しておく、くらいの心構えは必要だと思った。(竹安一路)