電脳昔話

第三勢力:ほらふきクラブ

黎明期:
 世界で最初のコンピュータ(が ENIACなのか他のマシンなのかはどうでもいい)は第二次世界大戦の前後には開発されていたとしても、私が子供だったころは個人向けのコンピュータなんてものは宇宙旅行と同じ程度にSFの世界だった。
 宇宙を飛び回る宇宙船にコンピュータが搭載されていない小説もあったくらいだからSFですらないかったのかもしれない。
 しかし技術の進歩は早く人類が月へ行く時代になっても、宇宙船のコントロールセンターで計算尺を使っているなんて(映画のアポロ13)不様なことはしたくないのが人情だろう。
 事情はいろいろ(当初は安い電卓が目的?)あって日米の優秀な技術者が頑張った結果、世界最初のマイクロプロセッサ(4004)が1971年に、そして8080が1974年、Z80は1975年に発売された。そうして個人でもコンピュータが購入できる時代がやってきた。
 そうなると技術屋の(当時はエンジニアの卵ですらなかったが)、そしてSF者の血が騒ぐ。
 なんとしてもコンピュータが欲しい。
 そのときのコンピュータ(マイコン)は今のPCと性能で比べるようなものじゃなく、CPUにちょっとしたスイッチとLEDが付いたものにすぎない。当然ワープロにもならない、通信なんて用途は思いつきもしない、ゲームだってLEDがピカピカしているだけ、計算だって(ようやく安くなりだした)電卓の方がはるかにましなしろものだった。
 当時を思い出そうと、当時あまり意味も分からず読んでいた「マイコンピュータ入門」、「マイコンピュータを作る」、「マイコンピュータを使う」(ブルーバックス、安田寿明著)を探したけど発見できなかった。
 数年の間にキーボードとモニター(TV接続)がついて見た目は今のPCに似てきたけど中味はほとんど変りはない。
 でも「なにに使うのか」なんてことより、とにかくコンピュータを所有することに魅力を感じていた。
 しかし値段は、、、個人向けコンピュータの普及帯域の値段って(最近下へ幅が広がったにしても)数十年ほとんど変化してないんじゃないだろうか。
 学生に容易に入手可能なはずもなく、当時創刊された雑誌(ASCIIやIO等)を眺めてくらしていた。

UNIX:
 調べてみると、UNIXの第一版の公式リリース(社内向け(AT&T それともベル研究所)だったらしいが)は1971年らしい。(伝説の「片隅に転がっていた PDP-7」で稼動したのは、1970年だろうか)
 そして先に書いたように、日本の片隅で日本語の雑誌と書籍を唯一の情報源にして“マイコンが欲しい”と切実に思っていた頃、すでに Version7 が 3.xBSD が存在していたらしい。
 いや、bitなんかを読んでいるとアメリカの大学などでは「UNIX」という先進的なOSが載ったコンピュータを使っている。なんて記事を読むことがあったけど、自分には直接関係のない世界の話だと思っていた。
 後になって、SONYがNEWSを発売(1987年だったらしい)したときには個人で手がだせる程度と、、でも車並の値段だから結局手はでないんだけど。
 個人で使うようになるにはLinux(や*BSD)が普及するようになってから。WindowsがUNIXに匹敵するどころか、陵駕するほと大きくて重いOSになったこと(IntelとMSのみごとなコンビネーション)とかも関係あるだろう。

TRON:
 本棚の中から「TRON***」と書かれた本を何冊か引っ張り出してきた。
 初めて TRON という言葉を知ったのは、たしか20年ほど昔の bit の連載の中だったように記憶しているが雑誌は残っていないので確認のしようはない。で、本の奥付を見てみると発行は1987年、、前書きを読むと「87年は『TRON元年』でこの年に3冊の本を書く」とある。
 これらの本を読み返してみて、当時の若くて物を知らずの自分が「次に使うマシンのOSはB-TRONだ」と思っていたとしてもしかたなかっただろうな、と思う。
 現実には通常入手可能な手段ではB-TRONは出てこなかったし、C-TRONは最初から無関係、M-TRONはコンセプトのみ(今はユビキタスと言ってるのと似ているのだろうか)で、TRON-ChipもTRONキーボードも関係のない世界の話だった。
 一時期 TRONキーボード以外にもいろんな形状のキーボードが発表されていたけど、あれってまだ残っているんでしょうか。(かなり普及した親指シフトくらいは残っているのかな)
 当時の業務で関係しそうな可能性のあった I-TRONも、必要とする性能とかコスト(マイクロプロセッサ)の絡みもあって、さらにいまほど簡単にちょっと情報を入手するなんてこともなく。
 超漢字やTRONコードを聞くまで、TRONってすっかり忘れてましたがきっとまだまだ直接関係することはないんだろうなぁ。もっともI-TRONだけは組込まれた装置を使っているかもしれない、だけじゃなくて実際に仕事で使用するかもしれないか。

Internet:
 最初にパソコン通信をしている場面を目にしたのはたしかダイナコンの会場だっただろうか。PC-VANもNIFTYもなくて、アメリカまで電話をかけていたはず。
 そのときはすでにInternetとかJUNETとか、電子メールとかの言葉は知っていたし興味もあった。しかしいままで書いてきた例に漏れず、個人的には直接関係のないできごとだった。
 いやとにかくInternetは無理でも、モデムさえあればパソコン通信は(英語はできなかったけど)可能。ってことで通信費軽減のためDDX-TPやVENUS-Pを申し込みに行き(そういや、この契約って解約したんだっけそれとも自然消滅か)、本屋で見つけたイントロパックを購入してNIFTY-Serve のサービス開始日(これも87年らしい)には加入していた。
 そのあとPC-VANにも日経mixにも、PeopleやASAHI-net にも加入したはずだが、今やどれも使ってないなぁ。
 Internetは良くおぼえてない。たぶん、会社でwebが見られてNIFTY-Serve経由で一応メールが送れたからそれほど渇望してなかったからかもしれん。

 こうやって昔話を書いていると、この世の面白いできごとは世界の向こう側で発生して普及しているように感じるのは、隣の芝生が青いからじゃなくて自分が世界の中心から外れた片隅にいるからなんだろうな。




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