こうしゅうでんわ

谷甲州

あれからまた一カ月たったけど、なんか仕事がまた停滞しておるな。それなりに成果はあるんですねどね。ただし長短編あわせても、一カ月の間に完成した仕事がひとつもない。企画だけは深くしずかに進行中していたり、完成間近の短編(宇宙SFだぞ)があったりするのだが、未完なんで大々的にあーだこーだいうのも気が引ける。仕方がないから、最近やった講演の話でもしてみるか。
 田舎暮らしも五年めになるんで、それなりに文化人(田舎の、という冠詞が頭につくのだが)てな顔で講演する機会もふえたのだが、これまでにやったのは国際交流とか技術協力というような話ばっかりだった。ところが今回は、地元の山岳会が主催する会で講演することになってしまった。もちろん話題は山のことにかぎられるわけだが、よく考えたらネパールやインドで派手に山を登ってたのはもう一五年も前の話だ。なんか詐欺くさいかな、とも思ったけど、最近は山岳小説なんかも書いとるのでまあええか、と引きうけました。
 それにしても冬の北陸は天気が悪いのが当たり前で、寒いときは雪が降るわ温かい日は雨が降るわ、たまにどんよりと曇った日になると「やー、今日はいい天気でよかったねー」などと挨拶するくらいなんで、地元の山岳会も冬にはあまり活動できない状態らしい。夏なら日帰りも可能な白山に、冬はラッセルの連続で最低でも一週間はかかるらしい。しかもせっかく登っても、晴れる可能性は皆無にちかいという悲しい状況だったりする。それで冬の間の登山は、わざわざ太平洋側の山にまで出かけてるらしいのだが、それにしても頻繁に出かけるわけにはいかない。では山の講演会でもやってみるか、というのが発端みたいだったのだが。 会場にいってみると地元の新聞社なんかも共催していて、かなり盛況でありました。そこで甲州が二時間ばかり熱弁をふるってきたのだが……演題が「私の登山歴と山岳小説」(!)なんかすげー格好いいタイトルだな。主催者に口頭でつたえたときには、さすがに口に出していうのが恥ずかしかったわ(わはは)。とはいえ、ちゃんと準備はしましたけどね。高校のとき山岳部に在籍していた話からはじめて、ネパールやインドで遠征してたころまでスライドを映しながら話して、ついでに最初はSFを書いてたのに、いつの間にか山岳小説の仕事がふえてしまったよ〜などと話してたら、あっという間に時間がすぎてしまった。
 それで気がついたこと。うーむ、甲州がいま山岳小説を書いてるのは、本当に偶然以外のなにものでもないのだな。そもそもヒマラヤに登れたのも偶然以外のなにものでもない。高校のときからかぞえて、山をやめようと思ったことだけでも三度はある。そういえば協力隊に参加したときも、山はやめるつもりで願書を出したのだから。結局は偶然の連続で「お前ネパールにいってこい」になったのだけど。で、普通なら協力隊を終わったところで素直に帰国するはずなのに、またまた偶然でヒマラヤの遠征に呼ばれてしまったし。インドでまがりなりにもヒマラヤに登頂したのは、偶然の上に棚からぼた餅が重なったようなものだわな。プロの小説家になってからも、偶然がつづいて山岳小説を書くようになったのだし。まことに人間のやることというのは、予測できんものであります。




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