こうしゅうでんわ

谷甲州

 なんか『平成悪党伝』以来、あんまり仕事をしてないな。いつものことだという話もあるが、5月に飛ばしすぎてその反動がきたような気もする。これもまた、いつものことなんだが。とはいえ、ぼちぼち本腰をいれて懸案の山岳小説を片づけないとまずいよなあ。先のことは、さっぱりわからんのだが。
 ということで、6月にはまとまった仕事があまりできなかった。そのかわり、小さな仕事をぼつぼつとやっておりました。ひとつは岳人のエッセイで、これは小松周辺の山の話。何年か住んでると、家の周囲の景色がちがってみえてくるのな、という話。もうひとつは前にもやったKKベストセラーズの歴史マガジン文庫で、あたえられたテーマがすごい。『満州国防衛論』だと。なんか満州ものばっかりだな。たしか前に『関東軍の虎』をやったときは「シミュレーションが流行しているけど陸戦を書く人は少ないし、満州が舞台になるとさらに少ない。だからあんたやってくれ」とかいう話だった。でも最近は状況がちがってきてるはずだぞ。他にも満州を舞台にしてる人はいたはずだが、なぜか今回も甲州のところにきてしまった。
 で、送られてきた企画書をみると、なるほどというか何というか、執筆者の顔ぶれはほぼ固定されている。あの人は大観巨砲主義の話でこの人は航空隊の話、大和と零戦も適材適所で、全般をみまわした総論めいた話も、いかにもな人が担当しておりました。仕方がないので書きはじめたんだが、しかしなあ、史実どおりの満州国なんてどう考えても自然崩壊するよ。でもそれでは話にならんから深刻に考えたら、二〇枚そこそこの原稿に一週間あまりもかかってしまった。エッセイというより論文に近くなってしまったものだから、小説よりもずうううっと手間がかかったのだよ。小説とちがって「遊び」の部分がつくれないというか、楽しめる部分がないというか、で。俗に「小説は知識の十分の一だけ使ってかけ」とかいうが、まともな論を張ろうとすれば書くべきことの百倍の知識が必要なんだな。えらいことを認識してしまったよ。
 それでなんとか「どうすれば満州を防衛できるか」などという論をでっちあげたんだけど、ゲラになったときタイトルをみたら『満州国攻略戦』になってた。ありゃりゃ、と思って電話したら「すんません、イロガミページ先行でやってますんで、いまさら変更できまへん、タイトルはなんとかこれでひとつ」だと。わー、知らん ぞ俺は。「論」らしきものは書いたけど、どこにも「戦」の話はでてこないぞ。原稿をめいっぱい遅らせた俺も悪いんだけど。
 とはいえ、この手のやっさもっさも今回かぎりになるでしょう。歴史マガジン文庫がシミュレーション戦記を特集するのは、たぶんこれが最後になるらしいから。シミュレーションものは以前ほど売れなくなったというから、それが原因なのかもしれない。
 なんだ、それなら俺も日本帝国大勝利万万歳カタルシスで溜飲さがった戦記をかいとけばよかった。日本海軍がボロ勝ちに勝つ話を、一度でいいから書いてみたかったのだよ。なかなか楽しそうだし。タイトルもひそかに決めてあったのだ。『力道山の艦隊』。どうだ、すごいだろ。世の中にこれほど単純明快なタイトルはないな(自画自賛)。にっくきアメリカ艦隊の提督を、ブラッシーにするかシャープ兄弟にするかで、ちと迷うところだが。




● 戻る