こうしゅうでんわ

谷甲州

 最初に報告です。前に書いていた冒険小説は、なんとか脱稿しました。しらべてみたら、先月のこうしゅうでんわの時点から一〇日間で二六〇枚ほど書いていた。公約どおり全長一〇〇〇枚超で、タイトルは『凍樹の森』。徳間書店から今月半ばにはでます。しかしまあ……。脱稿が先月の一九日で校了がその一〇日後、見本のできあがりがさらに二週間後というのは、ほとんど雑誌なみの進行だわ。例によって印刷屋さんに大迷惑をかけてしまったようで、申し訳ないかぎりです。こんなところで謝っても、仕方がないのだが。

 ところでこの本には、一カ所だけ問題になりそうな差別用語がでてきます。市民団体から抗議されるのは必至だと編集さんはいっておりましたが(もっとも三〇分後の電話では、「たぶん抗議はこないでしょう「ともいっていた。ほんとかよ)、あえてそのままで通しました。その言葉をつかう必然性があったから。ということなので、興味がある人はじっくりさがしてみてください。これについては話がいろいろとあるんだが、さすがにここでは書けない。いまの段階では公表するのもはばかられる。自主規制しているんではなくて、まだ自分の中では問題が解決していないから。そんなら最初から書くなといわれそうだから、この話はこれで終わり。とはいえ、ちょっとだけ。「○○はユダヤの陰謀だ」なんて一冊まるごと誹謗中傷の本をごそごそだしておきながら、千枚の中の漢字二文字を差別用語だから削除せいというのは筋が通らんぞお。
 とはいうものの、話自体はきっと面白い(と思う)。マタギと八甲田山の雪中行軍と三八式歩兵銃と黒構台の戦闘と満鉄調査部と関東都督府陸軍部(のちの関東軍)とデルスウ・ウザーラがでてくる話です。でも買うのなら、いそいで買った方がいいでしょう。市民団体から圧力がかかって、書店から回収される可能性もあるから(編集さんは、はっきりそういっていた)。こんなこと書くのもなさけない話だが。

 なんにしても五年ごしのストーリーを書き終えたので、いまは軌道傭兵(というタイトルではないのだが)の書き下ろしに移行しています。予定どおりなら十一月の終わりには書店にならぶというのだが、こっちの方はまだ二〇枚とすこししか書いていない(内緒だけど)。とっかかりで四苦八苦するのはいつものことなんだが。うーむ。十一月が駄目ならせめて十二月のはじめには本にしたいというのは、いささか弱気か。やっぱり頑張って今月下旬をめどに完成させよう。あっちこっちに義理を欠いていることでもあるし、十一月末に「こんな面白い話を書いたんだから、不義理はまあ許そう」といわれるよう頑張らんといかん。でも、面白くなるかなあ。
この話は(また弱気)。

 そうだ。『こうしゅうえいせい正誤』をみて思いだしたこと。『一三七機動旅団』が活字になったころ、ネパールにいた甲州のところに奇想天外の編集さんから手紙がきた。「『一三七−−』は評判がよくて、漫画にしたいといっていた漫画家さんもいた」。一年くらいしてから帰国したとき「その漫画家さんてだれですか」とたしかめた。「あまり有名じゃないですが、大友克洋さんという人です。今度うちから、はじめて本をだしました。カルトな人ですが、それなりにファンもいますよ」「あー、その人なら知ってるなあ」とかいう会話をかわした記憶がある。もう十年以上も(待てよ。一時帰国したのは十五年も前だ)昔の話ですが。いまではこっちの方が、カルトな人になってしまいました。

ダンテ&ランス




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