昨年の秋ごろからごそごそやってきた『覇者の戦塵1933』が、なんとか終わりそうなめどがついてきました。何ごともなければ、五月の末(はやくて)には書店にならぶでしょう。なんと前巻から一年以上も間があいてしまった。しかも、まだ二〇〇枚ちかく書かなければ話が終わらない。あいかわらず計画性などという言葉を無視して仕事をやっております。今月は『白き峰の男』も第五話も書く予定なので(掲載は来月号)、はやいところ仕事を終わらせないといけないんだが。
困ったな。今月はあんまり書くことがない(いつもおなじことをいってますが)。
こんなときには、先月号の甲州画報をみるにかぎる。と思ったら、冒頭から米の話をしていた。不思議なことに、米の産地であるはずの石川県では二月なかばごろに店頭から米が消えてしまった。外米がでまわる前だから、国産米がみんな売り切れてしまったらしい。北陸三県ではのきなみ米が消えたのに、消費地の大阪あたりではちゃんと売っていたらしい。なかには大阪の知り合いに「そんなに品不足なら送ってやろうか」といわれた人もいたというから、いったい何がどうなっているのかさっぱりわからん。
とはいえ甲州一家は米がなくなっても困らんのであった。メリケン粉さえあればチャパティが焼けるしサモサもつくれる。パロタもあればモモもある。プーリーだろうがナンだろうが、ひととおりつくってみせるぞと豪語していたら(ただし自分でつくる気はない)カミさんに「作り方わすれた」といわれてしまった。仕方がないので、ふくらし粉をいれてロールパンの製造をはじめた。結構かんたんにつくれるものなのだな、あれは。甲州は酒をのみながらみていただけだが。
そのうち外米が出まわってこれにて一件落着と思ったら、今度はタイ米やブレンド米がさっぱり売れてないらしい。その一方で、純国産米の闇値が異常に上昇しているとか。それはたしかに、日本の米はうまいけどね。日本の炊飯器で日本風に炊いて、しかも日本食といっしょに食えば、日本の米がうまいのは当たり前なのだ。ただし「外米はまずいから食わん」というのは話が飛躍しすぎだと思うぞ。これが麺類だったら、こんな話にはならないはずだ。スパゲッティをゆでて蕎麦つゆにつけて「やっぱりイタリアの麺は蕎麦にかなわない。麺の腰がちがうね」などとという奴はいないと思う。
ところが話はそれだけではなかった。テレビをみていたら「外米は安全性に問題がある」とか「いまはいいが、数年後に後遺症がでてきたらだれが責任をとるのか」なんていっている。ほんまにもう、アホか。ネパールとフィリピンで合計七年間あっちの米を食ってきた俺は、いまだにぴんぴんしているぞ。米を満足に食えずに病気になって死んだ人の話は、いやというほどきいたが。生後二歳二カ月と六カ月までフィリピンで生まれ育った娘二人は、近所の子供よりきっちり発育してるわい。もっとも下の娘は、乳離れしないうちに帰国したが。でも母乳の製造元は合計五年間、外米を食ってきたぞ。
そうかと思ったら「外米を炊いたら異様な臭気がした。これは農薬のにおいにちがいない」といいだした人がいて、研究所にもちこんで分析をはじめたテレビ局もあった。100パーセント外米を甲州家でも炊いてみたが、炊きあがったにおいをかいだカミさんは「わあ、懐かしいにおい!」といっていたぞよ。しかも国会で「外米にはネズミの死骸がはいっている」とか追及した議員もいたらしい。世間ではこんなのを営業妨害というんだぞ。普通は。その話をきいた甲州は思わず「ネズミも食わんような飯がくえるか」とつぶやいたのであった。
あんまり関係ないが、ネパールにいく直前に先輩からきかされた話を思い出した。
「アフリカでもアジアでもいい。知り合いになった現地の人の家に招かれたとする。
その人が黒パンをごちそうしてくれた。しかしよくみたら、白パンに蝿がたかって黒くみえたのであった。さて君たちはどうする?」。出発前だから、みんなは真面目に考えた。「友情が第一だから、遠慮すべきではない。眼をつむってでも、そのパンを食べるべきである」。「いや、友情よりも仕事が大事だ。それに病気になったりしたら、まわりの人に迷惑をかける。本当のことを話して、辞退すべきである」。で、先輩は笑っていった。「その答は、現地にいけばわかるであろう」。たしかに先輩のいうとおりだった。ネパールにいって数カ月で「それだけ蝿のたかってるパンだから、さぞかしうまいであろう」と思って他人の分まで食ってしまう人間に全員が変身したのであった。