最初からちょっと訂正です。前に『失われた過去への旅』の本は三月末ごろになると書きましたが、予定がずれて六月か七月ごろになりそうです。加筆修正自身は一ヶ月あまり前に終わっているのですが、版元が小説とあまり縁のないところなので(そもそも出版社ではない、新聞社だった)何かと時間がかかるようです。そのかわり手間をかけたいい本にはなるでしょう。刷り部数のすくないのはいかんともしがたいが、逆に増刷になるかもしれんという楽しみはあります。これまでSFなど読んだことがないという読者が、内容につられてSFファンになってくれれば万事めでたしなのですが。
ところでこの小説の舞台はチベットからネパールにかけての山岳地帯で、輪廻転生を正面からあつかっています(おや、前世の自分との多重人格もあるぞ。巽孝之がどんなふうに評価するか楽しみだ)。この小説の連載をはじめたころ(91年のはじめ)はチベット関連の資料をさがすのにずいぶん苦労をしたものですが、昨年NHKで「チベット死者の書」が放映されてからはずいぶん事情がかわりました。まさか小松の書店で「死者の書」の原典が平積みになるとは思わなかった。中沢新一の『虹の階梯』までがあちこちの本屋にならんでる。『失われた過去への旅』が本屋にならぶころには、ブームも終っているんだろうなぁ。その方がいいような気もするが。
「サージャント・グルカ」がでて一ヶ月半ほどになりますが、その間に何人かの人から感想の手紙をもらいました。非SF本の場合はかわった反応があるので楽しいのですが、よく考えたら内容の感想を送ってくれた人はいなかった。それまでとは違う読者に読まれているのは確実なんだが。たとえば昔いっしょにヒマラヤをやっていた人が(といっても、もう六〇歳ちかいはず)、この本の表紙につかわれている写真は「ランシサ・カルカからみたランタン・ヒマール」だと葉書でおしえてくれた。ちなみに右にみえる山がカンカルモ(ホワイトドーム)で、谷の字にかさなっているのがトライアングル。うーん、山屋さんはみるとこがちがうなあ、と思ったが、よく考えたらこの場所には自分もいったことがあるのだった。東部ネパールのトリス・バザールという街から一週間ちかいキャラバンでつくのだが、小説の舞台とは全然違う場所なのであった。
そうかと思うと年配の人らしい読者から「私は以前から私的にグルカ兵のことを調べているのだが、この本は非常に興味ぶかく読ませていただいた。ただ、史実といくつかちがう点があるようだ。これは小説的な虚構なのだろうか、それともこんな事実が実際にあったのだろうか」という手紙もいただいた。本の終りに「これはフィクションです」と断わってあるんだが、やっぱり気になるんだろうなあ。まだ返事はだしてないが、知らん顔もできないから何とかしよう。それにしても甲州の本は、世代をこえて「間違っている」をやりたくなるのね。