こうしゅうでんわ

谷甲州

 ついに六月にはいってしまいましたか。東京方面の畏きところにおかせられましては、ながすぎた春に終わりをつげて−といういい方は不穏当か。かけまくも畏き初春のお慶びに−というのとも、ちょっとちがう。要するに人外協風にいえば「けっ」的なめでたい話で祝日がふえましたが、仕事の方は例によってさっぱりすすんでおりません。
 いくらなんでも今月のでんわ時には終わってるはずの『蒼穹の軌道爆撃隊』が、いまだに最後の部分でもたついてます。刊行も半月ほどのびて七月一〇日ごろになりました(これも確定ではない。さらに遅れる可能性あり)。別に私の仕事が遅いばかりではなく、フェアと称して同時期に刊行されるほかの書き下ろしの半数が予定より遅れたというのが理由です。それにしてもなあ、以前から気になっていたんだが、おなじ傾向の書き下ろしばかりで新書のフェアをやるという企画は、すでに現実とあわなくなっているような気がするぞ。フェアのたびに一人か二人はしめきりに遅れるし、ストーリーの性質や原稿の枚数に制約のある新書ノベルスという入れ物にフォーマットを統一するのもしんどい話だし。あたらしい読者を獲得するには有効な手段なんだそうだが、そこまでして読者層をひろげるのがいいことかどうか、どうもよくわからん。
 とはいえ、あまり考えこんでいても話がすすまないので、とりあえず『−爆撃隊』を書いてしまおう。本当に最後の部分を書いている状態なのだが、どうもストーリーが小さくまとまりすぎて書くのがしんどいのであった。今回はいつもにもまして、制約が多かったしなあ−などと他人のせいにするのはよくない。あとひといきだし(本当に一日か二日くらいの仕事)とにかく頑張ります。新書の枠組みというのは便利な部分もあるのだが、そろそろ別の方法を考えた方がいいのかもしれない。単行本書き下ろしの方にシフトしていくとか。
 そうだ。もしかして予想を裏切ることになるかもしれないので先に書いておくが、『終わりなき索敵』は単行本サイズででます。つまり価格もそれなりに高くなるので、文庫で読めると思っていた人には申し訳ないことになります。ただしこれだけながい小説になると、文庫と単行本の単価はそんなにかわらんと思います。あと、こんなふうに書くと「早川書房の方針」に憤慨する人がいるかもしれませんが、今回にかぎってはどちらの意見というわけでもありません。というより、連載がはじまった時点で「本にするときは単行本」という暗黙の了解ができていたのですね。「文庫本サイズは選考対象にならん」という文学賞はめずらしくないし、「力のはいった本は単行本にしよう」というのがこの業界の常識でもあります。
 あ、誤解されないように先に書いておくが、別に賞ねらいで単行本にしたわけではないぞ。文庫書き下ろしとか文庫オリジナルという形式自体が、そもそも変則的で異常なのだ。「本の価格はもっと高くてもいい」という椎名誠氏の意見を、甲州は支持するぞ。とはいうものの、もしも本の値段がのきなみいまの二倍になれば、ベストセラー本のかなりの部分は売れなくなるだろうなあ(特に新書サイズのあの作家のあの本とか、推理小説のあのあたりとかこのシリーズとか)。読者の感覚としては、その方がいいようなよくないような、複雑な気分なのであった。ということなので、「『終わりなき索敵』が高すぎてかえん」とお嘆きの方は、図書館にでもあたってください。

 そうだ。先月号の画報をみて思ったこと。若葉マークの平野さんには実に申し訳ないことをしてしまった。年賀状で人外協入隊の希望をいただきながら、何の連絡もしないまま半年間も放置していたのだった。別に返事するのを忘れとったわけではないのですが、新潟県在住の方についてはいろいろとナニがアレするという事情もありまして、その、つまり、ま、あれです(別に平野さんが悪いわけではありません。このへんの事情については、会ったときにでも説明しましょう。いまになって考えたら、別にふかく考えるほどのことでもなかったのだが)。
 とはいえ、めでたく正規ルートで入隊されたようで、ほっとしています。ちなみにハードSFとハードな登攀の両方を実践している平野氏は、それだけで充分に模範的な隊員だといってしまおう。というところで、今月は終わり。




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