こうしゅうでんわ

谷甲州

 最近はシミュレーション小説がブームなんだそうで、新聞や週刊誌上でそんな話題をよくみかけるようになりました。そういう関係か私もブームの中にいるらしく、先日も週刊ポストというところから取材を(電話でですが)うけました。電話口にでた記者さんは、開口一番「明日が締め切りなので、今から時間をいただけますでしょうか」とえらく恐縮しながら切り出されました。普通、インタビューのときは入稿前に原稿をチェックするのですが(とくに電話の場合は固有名詞などをまちがいやすいから)少し心配ではありましたが、そういう事情なら仕方がない。しかもその数日前に某社の編集さんから「ブームだそうで、取材されるかもしれません。面倒かもしれませんが、これも宣伝と思って応対してください」といわれてたし、コメントみたいな短いものだから問われるままにあれこれ話をしました。

 ところが発売日にまた電話がかかってきて「申し訳ありません。記事の掲載が一週間のびてしまいました。本ができたら送りますので、よろしく」といわれた。こうなると、だんだん心配になってきます。週刊誌や新聞にコメントをとられても、いったことが正確に伝わらないことが多いらしいから。場合によっては先に記事をつくっておいて、それにあわせたコメントを誘導尋問で引き出すこともあるらしい。そうなると「明日が締め切り」といわれても、ほんまかいなという気になってくる。案の定、発売日になっても本が送られてこない。そのうちにくるだろうと思っていたら、書店からも姿を消してしまった(結局、最後まで送ってこんかった)。そんな話をしていたら、別の編集さんが記事をファックスで送ってくれた。結果を先にいいますと、私の心配は杞憂でありました。記事のどこをみても、私のコメントはのってなかったから。要するに、無視されていたのでした。

 このことについて、少しは反省しております。どうも非は私にあるようなので。記者さんとの問答を簡単に記すと

「シミュレーション小説は、ジャンルとして確立されたとお考えですか?」
−さてねえ。シミュレーション小説とひとくくりにするけど、それぞれの作家が書いている小説は、まったく別物という気がしますしねー。私自身も、シミュレー ション小説を書いてるという意識はないですし。そもそもそんなジャンルが、存在するんでしょうか。

「そ、それでは谷さんは、どういった動機でこの種の小説を書きはじめられたのでしょうか」
−うーん。忘れてしもたなあ。航空宇宙軍史を書きはじめたのが、一〇年以上も前だし。よく考えたら、ほかの種類の小説は書いたことがない。あれ、航空宇宙軍史はシミュレーション小説にならんのかな。

「あのー、シミュレーション小説が読まれている社会的な背景について、どうお考えでしょうか」
−すんません。考えたことないです。書きたいから書いているだけで。だれがどんな思惑で読むのか、作者のあずかり知らんことです。

「本日はどうもありがとうございました」

 これでは記事にならんわなあ。

 ちなみに週刊ポストの記事のタイトルは「若者たちを虜にする『if戦記』の危ない一面」だそうです。いやー、記事の内容すべてをあらわして、あますところのないタイトルですなあ。そういえば記者さんのやりとりの中で「覇者の戦塵のテーマは、第二次大戦をいかに回避するか、です」などといってしまったし。やはり私の発言は、載せるわけにはいかんかったのでしょう。ところでこの記事の中でかなりの部分をしめているのは、「本誌で『黒船の世紀』を連載中の作家・猪瀬直樹氏」のコメントでありました。そういえば前記のタイトルの上に、「ブーム解剖・本誌連載『黒船の世紀』が予見!」というサブタイトルがくっついていた。そこではたと気がついた。なあんだ、そういうことなのか。要するにこの記事は、『黒船の世紀』を宣伝するためのものだったのですか。それならそうと、最初からいってくれればよかったのに。

 俗に「ブームになるとろくなことはない」などといいますが、まあこんなものか もしれません。一〇年以上前のSFブームのときも、似たような状況だったのだろうか。もっとも以上の経過は、私がマイナーなせいかもしれませんが。そういえば少し前に、天下のNHKからも電話がありました。「先生の『激突上海市街戦』を読ませていただきました。ところであの本の資料は、何をおつかいですか。実は秋のドラマで、上海事変をとりあげるので資料を収集しているのですが」といきなりいわれたので「えーと、『NHK特集・ドキュメント昭和』の単行本が角川書店からでています。面白いですよ」などとこたえてしまった(我ながらいやみだなあ)。ところがその方はあまり気になさらない様子で「事変当時、暴徒に殺された日本人僧侶の服装はわかりますか」と、重ねて質問してきた。しかたなく本棚をかき回して「僧侶二名は白の法衣、同行していた信者三名は洋服だったそうです」とこたえておきました。それにしてもこの人は、自分で資料をさがす楽しみを知らんのだろうか。

 ところでそのブームになっているシミュレーション小説作家のグループで、北京まで射撃ツアーにいってきました。詳細を知りたい方は、アームズマガジン6月号(現在書店においてあるはず)をみてください。同行した漫画家さんが、レポートをかいています。射撃以外にも面白いことがあったが、それはまた別の機会に書きます。
 やれやれ、今回は落とさずにすんだわい。




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