こうしゅうでんわ

谷甲州

 軌道傭兵の2をなんとか書き上げて、呆然としている毎日です。いまだに間に合ったことが信じられん。印刷所や校正者に迷惑をかけるのはいつものことながら、今回はついにフェアの開催時期まで遅らせてしまいました。自分だけではなくて同業者にまで迷惑をかけてしまった。これこそあんまり大きな声ではいえませんが。
 ということでタイトルは『軌道傭兵2 月航路漂流』(だったかな)となっております。それにしても、つくづくすごいタイトルだ。タイトルの中に「月」の一文字が入っているだけで、えらい苦労をしてしまいました。最初はそんな気がなかったのですが、いつの間にかこういうことになりました。そういえば以前に「頑張ればシャトルでも月までいけるんじゃないの?」などといい加減なことをいったのを、えらく記憶のいい編集さんがおぼえていて、「それならストーリーはこうなってああなって、タイトルは『月航路漂流』にしましょう」となったのです。
 ところが実際に書き出してみると、どう考えても例のイントレピッドで月なんかにいけるわけがない。現有のスペースシャトルは地球周廻軌道にのったときメインエンジンの燃料を使いきった状態だから、まず燃料と酸化剤を軌道まではこびあげる必要がある。ところが外部燃料タンクのような馬鹿でかい代物を軌道まであげようとしたら、サターン5型くらいのでかいロケットをもちださないとどうしようもない。ロケットの実物は博物館に野外展示されているものの、打ち上げ可能な発射台(39Aと39B)はスペースシャトル用に改造されているから、発射台の再改造工事からはじめる必要がある。しかしそんなことをするより、最初からアポロで月にいった方がいいような気がする。それにシャトルのメインエンジンというのは、軌道上で簡単に点火できるんだろうか。
 などということを編集さんに話したら「それではイントレピッドを月面に不時着させるのは無理ですかねえ。絵になるんだがなあ」などと恐ろしいことをいわれた。それはまあ、やってやれないことはないが。燃料節約のために、イントレピッドを月面に胴体着陸させるという手もあることはある。地面効果で機体を傷つけないように地上滑走させて、地面との摩擦で徐々に減速させればなんとかなるだろう。ただしそのためには、全長五〇キロから一〇〇キロほどの滑走路(整地だけしておけばいい)を用意しなければならない。しかしそのための作業員を送り込むには、やはりアポロを持ち出すしかない。サターン5型をもういちど生産ラインにのせて、発射台を別に建設するとしたら、最低でも一〇年ほどのプロジェクトになるだろう。しかしイントレピッドを不時着させるために、一〇年計画でプロジェクトをするめるというのもどうかと思うがなあ。
 そんなわけで「やっぱり月にいくのは無理みたいですよ」といっておいたら、編集さんは「そうですか。いいタイトルなんだがなあ」といかにも残念そうにしている。仕方がないので、なんとか月航路を漂流させることにした。その気になれば、なんとかなるでしょう。メインタイトルの「傭兵」の言葉も未解決なのに、またまた余分な荷物を背負うことになってしまった−−と思ったら、途中でもうひとつ余分な荷物がふえた。これも編集さんとの会話。「末弥さんと話してたんですが、主人公の女の子が宇宙服を着る場面があります? もしもあるようなら、表紙イラストはそれにしたいそうなんですが」「やれんことはないでしょう。かわいい女の子が宇宙服を着る場面、だしましょう」本当なら本文が終わってから表紙イラストやタイトルを決めるべきなのだが、原稿が遅いとこんなことになります。
 結局、どうにかこうにか原稿をつっこめましたが、あれこれのお荷物を背負った結果は、「軌道傭兵のヴァレリア化」ということになりました。要するにヒロインの危機を救うために、シリーズが延々とつづきそうです。この分だと、「軌道傭兵」の意味を解きあかすのに、あと数冊はかかんといかんかもしれない。ということで、七月末には書店にならぶ(はず)です。そういえば、この編集さんも i−CONにはくるはずだ。こんなこと書いてよかったのかな。

 そうだ。先月の甲州画報で気づいたこと。日本陸軍が「零式戦車」などを保有したりしないぞお。陸軍の装備なら「一〇〇式戦車」になるはずだ。もっとも海軍の戦車なら、このかぎりではないが。海軍の戦車といえば陸戦隊用の水陸両用戦車−−特二式内火艇が有名だが、一二センチ砲を装備した自走砲だか突撃砲なんてのもあったらしい。旧式化したので解体した軍艦の大砲を流用して、陸戦隊用の兵器を作ったというのだが、いかにもやり方が日本的だ。この手でいくと、長一〇センチ高角砲(秋月級の主砲)を量産して突撃砲戦車をつくることも考えられる。当時の主力戦車の主砲はせいぜい八八ミリ砲(キングタイガーの砲。やはり高射砲を転用)までだから、実現していれば世界最強の戦車になったかもしれない。もっとも装甲とエンジン出力がともなわないと、ただの自走砲になるかもしれないが。ここはひとつ小松製作所に頑張ってもらうしかないか。

 ということで、今月は終わりです。




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