こうしゅうでんわ

谷甲州

 じたばたしているうちに、また一か月がすぎてしまったか。例によって仕事はとろとろとしか進まず、『覇者の戦塵』も冒頭の部分を書いたところで停滞しております。よく考えたら、今回は仮タイトルもまだ決めていなかった。ほっとくとタイトルを決めないまま話が終わりまでいってしまうこともあるんだが、さすがにそれはまずいか。宣伝の必要もあるし。

 同業者の中にはタイトルを決めないと書き出せない人もいるらしいが、甲州の場合はその逆で書き終わらないとタイトルが考えられない(そうもいっていられないので、先に決めてますが)。早い話が『凍樹の森』『遙かなり神々の座』『天を越える旅人』なんかの書き下ろしハードカバーは、どれも書き終えてからタイトルを考えたのだった。ちなみに脱稿したあと編集者とかわした会話は「『寂寞たり凍樹の森』でどうでしょ」「長すぎますね。半分だけでいいです」とか「『慟哭のヒマラヤ』なんてのを考えたんですが(遙かなりの場合。他にもいろいろ候補をあげたんだが忘れた)」「ノンフィクションじゃないんですから。もう少し前向きで明るいタイトルになりませんか」なんてな具合。

 とはいえ徳間書店や早川書房は文芸書の出版社なので、あれこれ相談する余地はある。天を越えるの場合は版元が東京新聞だから、相手は編集者というより新聞記者そのものだった。で、応対が荒っぽいというか大雑把というか。「雑誌連載時のタイトル『失われた過去の旅立ち』は暗すぎていかんな。もっと未来志向なのはないのか」(こっちが版元の方ね)などといわれてしまった。そんな話、本になる間際にいわれてもなあ。雑誌連載時には、ひとことも話がなかったぞ。とはいえ、相手のいうことも理解できる。あれこれ考えてタイトルを三つか四つ紙に書いてファックスした。甲州としてはそれを叩き台にもう一度相談するつもりだったのだが、いくら待っても音沙汰がない。どうしたんかなーと思っていたら、いつの間にか『天を越える旅人』に決まっていた。おいおい、そんなタイトル候補になかったぞ。なんか版元が候補の文字を適当に組みあわせて、そのタイトルにしてしまったのだな。それならそれでもいいけど、連絡くらいせんかい。結果的にこれで定着してしまったんだから、別に文句はないのだが。しかしま、せっかくだから他の候補を記録しておけばよかったな。忘却のの彼方に消えてしまって、思いだすこともできないが。たしか『天を越える旅』とか『時の旅人』みたいなタイトルだったはず。

 ということなんで、いま連載中の『紫苑の絆』のタイトル候補を参考までに書いておきます。たまたま記録が残ってたんだが、普通はすぐに忘れてしまうので。『錆びた十字架』『玄英の曠野』『氷襲(こおりがさね)の舞』『曠野に玄英降り立つ』『氷塔の群れ』『寂寞たり曠野』『白蓬の契』。うーん。しかし筋書きも決めんうちから、よくこれだけタイトルをならべられたものだ。で『紫苑の絆』のタイトルは、ストーリーとどう関係するのだろう。謎だ。




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