こうしゅうでんわ

谷甲州

 なんか北國新聞社と北海道新聞は相性がいいのかな。今月もふたつの会社で単発仕事をやりました。北國新聞社では以前にもエッセイを書いた北國文華で、今度は小説です。明治二十年ごろの、白山登山の話。六月のはじめには書店にならぶはずなのだが、北陸の書店でないと入手は困難かもしれない。版元から直接入手ということも可能だと思うので、興味のある方はどうぞ。五十枚ちょっとの短編です。北海道新聞の方は例によって書評仕事なのだが、こっちの方はサイトで閲覧が可能なはず。

 書評原稿の場合、普通は書き手が紹介する本を選ぶところからはじめるのだが、この会社で仕事をするときは本を指定して原稿を依頼する形になっている。今回はエベレストを舞台にした山岳冒険小説だったし、これまでもチベットとか山岳関係の本が中心だった。あのラインナップは甲州がセレクトしたのではなくて、記者が事前に本を選んだ上で依頼してくるのだな。楽といえば楽なんだけどね。書評する側がセレクトまでやろうとすれば、取り上げない本をふくめて何倍も読む必要があるから。しかも基本的に書評は時節ネタだから、あまり時間をかけて読む本を決めることもできない。ところが北海道新聞の場合は逆指名の決めうちだから、最初からその本だけを集中して読めばいいと。

 だから、じっくり読んで原稿をまとめる余裕もあるのだが、困ることもある。読んだ本が期待はずれでも、没にすることはできないのです。当然のことながら、あからさまに貶すこともできない。これは北海道新聞にかぎったことではないのだが、普通の書評をそういう眼でみていると面白いよ。書く側がその本を気に入っていないのに、仕方なく取りあげているような文章をときおりみかけるから。なんというか、行間から書評者の苦悩がつたわってくるというか。

 こんなことを書くと今回の本をけなしているみたいだが、別にそんなことはありません。あらためて書いておくと、光文社から出ている『天空への回廊』という山岳冒険小説です。話としては面白かったです。帯の煽り文句は、決して大げさではありません。ただ実際のヒマラヤを知っている身には、読んでいて「ん?」と思うような場所がいくつかあるわけで。それがちょっと辛かった。などと偉そうなことを書いてますが、甲州も実は逆の立場で批判されたことがあります。『神々の座を越えて』が本になったとき、昔からの山仲間に「お前はヒマラヤを知らんから、こんな無茶苦茶な話が書けるんだ」と文句をいわれたのだ。うーん、それをいわれると、返す言葉はないな。おなじヒマラヤでも、相手は八千メートルを越える山をいくつも無酸素で登っている猛者だから。七千メートルの山ひとつを登っただけの甲州とは、格がちがいます。そんな人間を前に「この本は小説であって、ノンフィクションではない」といっても仕方がないのだった。

 なんて話はさておき。あいかわらず出版不況で、今度は勁文社が倒産したらしい。この会社については話がいろいろとあるのだが、今回はちょっと余裕がないな。またいつか、機会があったら書くか。忘れるかもしれんけど。




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