こうしゅうでんわ

谷甲州

 なんか今年も半分以上が過ぎて、しかも季節的には梅雨あけもちかい状況なのだが、あいかわらず仕事は進んでおりません。停滞しているわけではなくて少しずつ進展はしているのだが、まだまだ先は長いです。どの仕事も大量の資料が必要になるので、机の周囲は四種類の(SFマガジンとポンツーンと覇者とヒマラヤ)の資料が散乱していて足の踏み場もない状態だったりする。どれかひとつでも片づけば、資料の山も整理できるのだがなあ。それはともかく、こんなときには書くことがなくて困る。で、先月の画報で話題になっていた免許の切りかえのこと。

 知りあいにフィリピンで普通免許をとった人がいたのだが、帰国後に申請したらすんなり書き換えができました。その人はフィリピンに来るまで運転などしたことがなくて、仮免許だけとってきて(これは簡単にとれる)がら空きの駐車場をぐるぐるまわりながら練習をしたのだった。実は甲州が自分の車にその人を乗せて助手席からあーだこーだと教えていたのだが、二人組の私服警官に「こらこら何をやっとる」と文句をいわれたので練習はそこで中断してしまった。教える方は二種免許を持ってないと駄目なのだな。賄賂でごまかしたのだが。とはいえ、その程度の腕でも日本では簡単に切りかえられたらしい。これは三重県の場合。

 で、それから二年ほどしてから、甲州のカミさんもおなじことをやろうとした。ただしこっちの方は、運転教習所に通って(といってもコースはなし。持ちこんだ車でいきなり路上)正式に免許を取ったし、おそるおそるだがマニラの街を運転できるようにはなっていた。ところが帰国後に切りかえようとしたら、大阪府交通委員会に「仮免許の試験を受けてくれ。それに通らんと免許はやらんよ」といわれてしまった。要するに本試験免除、というだけだな。曲がりなりにも街を運転できるんだから試験を受ければいいようなものだが、カミさんは「公安委員会の実技試験は難しそうだしー」などといって結局は放置。四年後に石川県へ引っ越してきてから、あらためて教習所通いをはじめました。本人は「仮免の試験で一度落ちただけ。本試験は一発合格だった。すごいでしょ」と自慢しておったが、ちっともえらくないぞ。四年前までは、日本よりはるかにマナーの悪いマニラで車を乗り回してたんだから。

 で、結局のところ日本での切り替えは、地方によってまちまちみたいです。免許をとった国にもよるのだろうな。フィリピンだと難しいが、アメリカなら通用するかもしれん。なんだ、あまり役にたつ情報ではなかったな。




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