こうしゅうでんわ

谷甲州

 例によって、あっちこっちの仕事を少しずつやっているうちに一カ月がすぎてしまいました。先月ここに書いた『謀略熱河戦線/黒竜江陸戦隊』にくっつける短篇をなんとか書きあげたのだが、終わってから『黒竜江陸戦隊』をぱらぱらと読んでいたら、伏線があっちこっちに張ってあるのに気づいてびっくりしてしまった。伏線に気づかず短篇の筋書きを考えたのだが、突き合わせてみると辻褄がきっちりあっていて二度びっくり。本文の方を角川で書いたのは五年以上も前のことだものなあ。すっかり忘れていたのは当然としても、無意識のうちに伏線を取り込んでしまうのは律儀というか進歩がないというか。そうかそうか。「わずか三カ月の短命内閣」というのは、そういう事情だったのか。でもって、その次の次が宇垣大将の出番になるのだな。なるほどー。

 ところでこの短篇はわずか30枚ほどの内容なのに、林という名字の人が二人も出てくる。解説者の一人とおなじ名前だが、別に深い意味はありません。どっちも実在の人物なのであります。書きわけるのは結構ややこしかったが、肩書きと年齢がずいぶんちがうので混乱はないでしょう。あれ、そういえば中公の担当編集者も林さんだったな。せっかくだから、林家なんとかという噺家でも出せばよかった。

 あとは年末ということで、いつものアンケート原稿をいくつかやっています。「このミステリがすごい!」の「私の隠し玉」とか「新刊ニュース」の「印象に残った本」とか。どちらも短い文章なので、本屋さんで見かけたら手にとってみてください。書いてあることは、例年とあんまり変わらんけど。

 ほかには……推理作家協会の協会報(10月号だったか)に身辺雑記みたいなのを書いたけど、これは会員でないと眼にする機会もないか。とはいえ商業誌ではないのだから、時間をおけば転載しても構わないでしょう。来年のこうしゅうえいせいあたりに寄稿してもいいかな。

 これもまた先月のつづき。水樹さんのイティハーサ最終巻(文庫版)のあとがきを読んでいたら、甲州の名前がでてきてまたまたびっくりしました。ちょっと嬉しいので、ここ読んでる人はちゃんと買うように。でも考えてみたら、不思議な話ではあるわな。当時もいまも水樹さん本人と顔をあわせるのは年に一度あるかないか。その割にはいま何の仕事をしてるとか、あそこの会社はやばいから気をつけた方がいいぞとか、仲間の誰かにめでたいことがあったのでみんなでお祝いしようとか、そんな話はしょっちゅやってるのだな。どうにかすると、晩飯になにを食ったのかまで知ってたりする。まったくもって、便利というか奇妙というか。




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