こうしゅうでんわ

谷甲州

 なんとか『東太平洋海戦』を四巻で終わらせて、さて山積みになっている他の仕事を片づけようとしたのだが、これが遅々として進まない。しまった。こんなことなら、もう一巻くらい覇者を書けてたはずなのに、などと思ってもあとの祭り。例によって暑い夏を、うだうだしながら過ごしております。とはいえ、この一カ月のあいだに大阪に行ったり京都に行ったり、ゼロコンにフル参加したりマレーシアまで遊びに行ったりと、そっちの方では結構いそがしかったのだが。

 ばたばたしながら、昔かいた『軌道傭兵』の一巻と二巻に手をいれておりました。最初の本が出てから10年しかすぎていないのに、意外と古びてたので驚いておるところ。作中のソ連はまだ元気だし、SDIらしきものは実戦配備されているし。さらに宇宙ステーションのフリーダムは、二基めが稼働していたりする。これは書いた当時から無理くさいとは思っていたのだが、ここまで状況が変化するとかえってすがすがしいわ。もっと未来の『ヴァレリア・ファイル』になると、逆に古びないのだがねえ。生きているあいだにやってくる近未来を舞台に小説を書くと、ていていこんなことになります。これを機に全面改稿という方法もあるのだが、背景のずれは修正のしようがないので最低限の字句を直すだけにしておきました。「ソ連」の文字を、こっそり「ロシア」に書き直すという姑息なやり方で。調べてみると、三巻めあたりから急にソ連という表記が消えていた。ソ連が空中分解したのは、ちょうどそのころだったか。

 ともあれ、電子書籍(というとCDみたいだが、実際は自分でダウンロードしてくるPDFファイルです)としての『軌道傭兵』は、9月ごろからぼちぼちと公開されるはず。こんな形の小説配布は以前からあちこちで実験的にすすめられてきたのだが、今回のは文芸書を刊行している版元七社が共同で電子書店を運営するらしい。課金を効率的にやるためなんだろうが、話をきいてみると実態は各社ばらばらみたい。中公の場合はPDFファイルでプロテクトがっちり違法コピーは許しませんという態勢になってるが、会社によっては生のテキストでやってしまうところもあるとか。おいおい、そんなことやって大丈夫かよ、と人ごとながら心配してしまうではないか。友だちに違法コピーを頼む程度なら可愛いもんだが、南米あたりの著作権条約に加盟してない国を本拠に、海賊版を大々的に売り出す奴があらわれんともかぎらんぞ。カリブの海賊だね。登場人物の名前を置換して入れ替えておいて「別作品である」と強弁することも可能なわけだし。

 なんにせよ、こんな形の出版はまだまだ歴史が浅いわけで、何が起こるのやらわからん状態であります。場合によっては『軌道傭兵』も公開してすぐに配布中止、ということにもなりかねない。興味のある方は、急いでダウンロードするように、と不安をあおり立てつつ宣伝しておこう。狡猾。




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