愚痴だと思って頂いても結構です(愚痴であるため、ですます調になっている)。ネタ不足といった訳ではないのですが、クライミングの話となると日常生活では聞き慣れない用語がボコボコと出て来ます。それはパソ通をやらない筆者にとってRTなどと言われても、それが即座にリアルタイムの略だとは分からないのと同様だと思います。SF用語を読んだこともない人に説明するのに、例えばSOWだのサイバーパンクだのワイドスクリーンバロックだのって、どう正確に理解させます?
クライミングが海外から日本に導入されて、専門用語?が定着してしまう。定着すると説明しなくても一般でも理解できます。もともとはSF造語だった「ロボット」のように。
例えばアイス・クライミングや雪山の必需品、ピッケルと呼ばれる道具がありますが、使い方は別として、つるはしみたいな形状の道具だと誰でもが知っています。ところが、アイスアックスといえば、あまり一般には知られていません。ピッケルのことを英語で言えばこうなります。このように、ドイツ語や英語、フランス語に日本語、造語や俗語、代名詞が入り乱れています(まるでブレードランナーみたい)。エイド・クライミング(人工登攀)主流だったのが、近年になってフリークライミング(自由登攀)がアメリカから導入されて、英語や俗語、さらには造語がそのまま使われる。当てはまる日本語がないので仕方がないことかもしれませんが、クライミングをやったことがない人には理解しづらい用語だと思います。
山と渓谷社から、二ヵ月に一冊のペースで出版されているクライミング雑誌に「岩と雪」(イワユキと呼んでいます)というのがあり、読み始めた頃は用語の意味が理解できず、いろいろと調べたり聞いたりしたものでした。それがいつの間にか理解でき、筆者にとって普通の用語となったときに、一般人にも理解できているものと錯覚します。
このように錯覚したまま説明も付けずに甲州画報に投稿すると、用語の意味が理解できないので説明を求める電話が編集さんからかかってきます。可能な限り口で説明するのですが、何分にも、もともと日本語にない表現をそのまま使っているのですから、口頭説明だけでは限界があります。編集さんも可能なかぎり文章化してくれるのですが、やはりそれにも限界があります。出来上がった文章を読んで「う
ーん」と考え込んでしまう。勿論編集さんは良くやってくれていますし、頭の下がる思いです。表現力の乏しい筆者に、イラストでもかければ、問題がかなり解消されるでしょうが、そうなってくると今度は何ページあっても足りない状態なります。いや、説明だけで一冊の本ができてしまうことでしょう。
クライミング動作のことをムーブと呼んでいますが、そのムーブにしてもいろいろとあって、文書でゴタゴタと説明するよりも、「こんな動作」といって見て頂ければ、「なんだ、そんな事か」で済んでしまいます。まさに「百聞は一見に……」というやつです。例えば、「キョン足」或いは「キョン」と呼ばれる俗語があります。その昔、御年輩の方なら懐かしい、山上たつひこの「ガキデカ」というコミックに「八丈島のキョン」が出てきます。足の姿勢が、その「八丈島のキョン」に似たムーブだったので「キョン足」と呼ばれるようになりました。山上たつひこの「八丈島のキョン」を知らないで、これを文書だけで説明するのは、筆者の乏しい表現力では極めて困難。足の膝をインサイドに曲げ……なんて書くと、またインサイドについての説明。
クライミング・ギアにしても現物を見せて使い方を説明して、一度でも使えば「ああ成程」で済みます。しかし、何の説明もなしに、いきなり見てもどうやって使用するのか理解しにくいものもあるでしょうし、現物を見せないで文書説明だけでは、理解しにくいと思います。クライミング・ギアそのものが海外から入ってきて、日常生活では必要の無い物だから、馴染みがないのも当たり前と言えば、当たり前かもしれません。だからといって、説明を省略してもよい理由にはなりません。可能なかぎり説明はさせてもらうつもりです。
フリー・クライミングの概念がアメリカから導入されたものですから、今後、フリー・クライミングの話を書く機会があれば、できる限り英語で統一しようかと考えています。例えばハーケンではなくピトン、ザイルではなくロープ、ゲレンデではなくエリア(正しくはエリアとゲレンデでは意味が違う)といった具合に。ずいぶん感じが変ってきますね。
次に、難昜度を数字的に示したものにグレイドと呼ばれるシステムがありますが、こればかりはクライミングを全くやったことがない人に、口頭説明や文書説明で理解してもらうには極めて困難……と言うよりも、まず不可能でしょう。エイド・クライミングとフリー・クライミングとではグレイドの表現が違うのは当たり前として、フリー・クライミングのグレイドも、世界各国によって異なっています(時代によっても異なっているようです)。筆者がこのコラムで使っているのはアメリカから導入されたフリー・クライミングのグレイド・システムで、デシマル・グレイドと呼ばれるものです。
デシマルでは必ず頭に5.が付きます。この5.にも意味があって、長くなるので詳細は省きますが、プロテクションを必要とするクライミングのことです。プロテクションとは何かと言えば、安全を守る、つまりプロテクトするためのもので、ボルトやピトンのように残置されているもの(フィックスド・プロテクション)やナッツやフレンズのように回収可能なもの(ナチュラル・プロテクション)等をいいます。
5.は5.0に始まって(5.0のグレイドがあったなんて知らなかった)、5.1、5.2……5.9となり5.10からは、5.10a、5.10b、5.10c、5.10dと四段階に細分化されます。その次は5.11aから5.11d、更に5.12aと、どんどんとハイグレイドになって上限がありません。現在もっとも難しいルートのグレイドがいくらかは知りませんが5.14aとも5.14bが開拓されたとも聞きます。「凄い!」というだけで想像できません。
呼び方ですが、5.7ならばファイブ・セブン、5.9ならばファイブ・ナインそして5.10aならばファイブを省いてテンエー、5.11bならばイレブンビーと呼んでいます。
グレイドの話が出たついでに。「岩と雪」157号に、笑えない話が記載されていました。それはフリー・クライミングではなくて、エイド・クライミングのはなし。エイド・クライミングのグレイド評価の形式と方法は時代によっても変化していますが、1960年代末にA1からA5までのヨーロッパのグレイドがアメリカに紹介されました。このAは「ARTIFIC--IAL」の頭文字です。A1は真直で完全なクラック、A2はしっかりしているが、登るのに多少はてこずる、A3は、ギアを設置するのが難しく、墜落の衝撃を食い止めるのに不安がのこる、といった具合に難昜度が増していきます。そして74年あたりから、新たに60フィートの墜落の可能性がある場合A5とみなす概念が登場します。更にエスカレートして、自称「エキスパート」達によって100から150フィートの墜落の可能性がある場合をA5と決められました。挙げ句の果て、A5よりも困難なA5+というグレイドは「墜落はすなわち、死を意味する」ということになりました。言い換えれば、誰かが死なない限りA5+のグレイドは証明されない、グレイドを証明する為には誰かが死ななければならないのです。こうして、アメリカのエイド・クライミングは袋小路に入っていくのでした。いやはや何とも、昔の事とはいえ、あきれた話です。
クライミング・ギアの発達や開発やクライマーのテクニックの向上で、それまで不可能とされていたルートが開拓され、どんどんとハイグレイドなルートを追求する。クライミングのスタイルが環境によって、時代と共に変ってくるのも当然の成行きで、それに伴なって、それまでのグレイド・システムの見直しが必要に迫られるのも、また「時代の流れ」なのでしょう。
長々と愚痴のようなことを書いてきましたが、せっかく「大阪冬の陣」というタイトルを付けたのですから、タイトルにふさわしく大阪城は京橋口にある石垣のルートの一部を図解で紹介させて頂きます。
また大阪城そのものが文化財であるということを考慮すれば、あまり、おおっぴらに登らないほうがよいでしょう。当然、文化財ですから、プロテクションの使用は許されません。いわんや、チッピング(岩を削ること)でホールドを作ったり、グレイドアップの為に石垣をハンマーで破壊するなんて、もってのほか。アイゼンワークの練習もエイドクライミングも駄目。スタイルは、トップロープかフリーソロ。チョークを使ったら、掃除して帰ること。多分、クライミング保険の対象外だと思います。
午後六時を過ぎると管理人もいなくなり、登っていても通報される心配もありませんし、夜間照明(外灯)で結構登れます。ハンドトラバースで落ちたら痛いけど。
高所恐怖症の筆者にはロープがないとやっぱり恐い。ロープがあれば安心してノーテンションでクリアできる簡単なルートもあるのですが。
とある神社の御神体になっている岩にピトンやボルトを打ち付けて、クライミングをやっていた罰当たりなクライマーのことを考えれば、可愛いものだと思います。つるかめ、つるかめ。
「大阪夏の陣」へと続く。