虚空蔵山

中野[日本以外全部沈没]浩三

 事の起こりは山と渓谷社から出版されている『京阪神ワンデイ・ハイク』の一六〇ページに出ていた一枚の写真から始まる。暇な人は見て欲しい。暇でない人の為にどんな写真かと簡単に説明すると、六甲山地と三田盆地を背景にバケツをひっくり返したようなテーブルマウンテン状の岩場が写っていた。獅子岩(比良山地にあるクライミング・ゲレンデ)位の規模があるように写っている。悪くても一〇メートル位の高さはあるとみた。写真説明には頂上付近の岩場とある。よじ登って降りは懸垂下降すればよいと思った。電動ドリルやザイルなんか抱えて行くのも重たいし、ピトンで支点確保して二〇メートルの細引き(補助ザイル)を使って登ろうと考えた。
 しかしキャリアの乏しい筆者には不安がつきまとう。 林氏に電話して分からない処を質問する。
「普通のピトン(独語ではハーケン)と波型ピトンとどう違うの」
「波型? ああウェーブピトンやな。ウェーブゆうたら、ほれ……(長引くので以下省略)」
「成程、でアイスバイルはロックハンマーの代わりに使えるやろか?」
「使えんことないけどあれ長いから邪魔になるで、よかったらハンマー貸そか?」
 ラッキーと思った。「けど何に使うのん?」と彼が逆に聞いてきた。
 ヤバイ、本当の事を言えば一笑に付されるか、止められるかのどちらかだろう。
「ちょっとね、あははは(都合の悪いことは笑ってごまかす)。そんで八ミリの細引きで懸垂下降やっても大丈夫やろか」
「悪いこと言わんからザイル持って行き。けど、いったい何考えてんねん」
 アホな質問の連発にシビレを切らした林氏が聞いてきた。仕方がない、本当の事を話す。
「ハイキングのガイドブックに丹波篠山の虚空蔵山の山頂近くに岩場が写ってんねん。行こうかと思って」
「丹波篠山の岩場? 知らんなー。誰と行くのん?」
「単独行」と筆者。
「ピトンが打ちたいのやったら私市に行こ」
「違う。登りたいだけ」
「それやったら、ルート開拓させたるから」
「違う。クライミングやない、テーブルマウンテンの頂上に立ちたいだけ、クライミングはそのための手段。ただそれだけ」
「冒険か……分かった。その写真もっといで、見たろ」
 大阪は北、梅田のIBS石井スポーツ店で一八時に待ち合わせ。なんで彼女がここにいる?
「林さんが少し遅れるって」と児玉嬢が彼のメッセージを持ってきた。
と言うことは彼女にもバレているのか、ま、いいか。
「足、大丈夫?」
「駄目、全然直らない」等とだべりながらクライミングギアを観て時間をつぶす。三〇分遅れで林氏が到着。早速に写真鑑定が始まる。
「対比するものがないのでよう分からん。けども、一〇メートル位ありそうやな、まぁ悪くても四、五メートルはあるやろ」と彼の説。
「良かったなー中野さん、最悪でもボルダー位できるやん」と彼女。
 いつの間にかティーチャー東(高校教員)氏も来ていた。ハンマーを借りて一本五二〇円のウェーブピトンを七本購入する。
「ピトンの打ち方は知ってるよな。抜けやすいから何箇所かで確保するねんで、こう打ったらあかんで。必ずこう打つねんで」と動作で林氏が説明してくれる。
「岩が割れるから……ですね」と筆者。
 IBS石井を出て梅田の地下で四人で呑んでいた。林氏のおごり。
「林さん、くたばったらこのハンマー香典やと思ってあきらめてや」と言うと
「恐いこと言いな」と言われた。一笑に付されもしなければ、止められもしなかった。
 長かった経緯はこの辺で切り上げてちょっと寄り道が一件あって出発が遅れたが、翌朝丹波篠山を目指す。大阪環状線京橋駅から福地山線藍本駅まで千九〇円。大阪駅より快速で五六分で藍本駅に着く。駅に着いたのが一二時一三分。駅前の里道を南を向いて歩くと、間もなく酒垂神社を通過する。この神社のは西暦八六〇年に全国で伝染病が流行した時に素盞鳴命の御告げにより霊窟から垂れ出る酒をのみ伝染病が直ったとの言い伝えによる。そこから南へ三〇〇メートル程行くと『虚空蔵山登山口』と書かれた標識があり、それに従い西に歩く。のんびりとした田園風景を歌いもって一〇分も歩くと、舞鶴自動車道に突き当たる。突き当たり手前で北に進み右に農業用貯水池を見て、舞鶴自動車道のカルバートボックスをくぐる。ここにもまた標識があった。小川に沿ってよく踏まれた道を登って行くと石舟と呼ばれる小川の水場がありカップがいっぱい置かれている。『虚空蔵菩薩へお参りの方はここで手を清めて下さい』と書かれてある。疲れる。装備は水一リットルにコンビニで買った食料、それに昨夜買ったピトンと合せて合計一五本のピトンにザイル、ヘルメット、フラットソール(クライミングシューズ)やクライミングギア一式で十数キロになっていた。それに加えてダイエット中ということもあってフラフラしながら、休んでは歩き、歩いては休んでいた。道が谷から離れ、ジグザクになり古びた石段を登ると虚空蔵寺(堂)に着いた。このお寺は聖徳太子の霊夢、つまり夢のお告げによって虚空蔵菩薩を奉り建立したとある。
 本当は頂上で昼食にしようと思ったのだが、フラフラなのでここで昼食にする。御賽銭をあげて、記帳して三〇分の休息の後スタートした。頂上まで八〇〇メートルと書かれた標識がある。後八〇〇メートルか、約三〇分位かな。暫くは急な登りが続くが、登るに従い展望が開ける。陶の郷自然歩道と合流すると急登は終わり、緩やかな尾根歩きになる。暫く歩くと目指す丹波岩があった。
 そして写真と同じ露岩が確かにあった。岩質は不動岩と同様。高さ一〇メートルと思われたテーブルマウンテンは、高さが一メートルにも満たない腰掛け岩だった(これからは『山と渓谷』のことを『山と広告』と呼んでやろう)。スターグレイド一つのファミリーハイキングコースに過剰装備。十数キロの装備を藍本駅から一・五時間のアルバイトで……どっと力がぬけた。「悪くても四、五メートルはあるやろ」「最悪でもボルダー位できるやん」「香典やと思ってあきらめてや」昨夜の会話がむなしく思い出された。
 ここまで来たら最後まで続ける責任があるだろう。先を続けよう。ここから二、三分も歩けば五九六メートルの虚空蔵山の頂上に着く。しかし展望は期待できず、絵馬の様にあちらこちらのハイキングクラブの札が掲げられていてうっとうしい。腰掛け岩からの眺めの方がまだ楽しい。後は陶の郷自然歩道をそのまま下山する。下りたところが丹波伝統工芸公園になっていて、野外活動施設や地域伝統工芸施設、要するに陶器や小豆や大豆といった農産物等が展示販売されている。陶器に興味があればそれなりに楽しいかもしれない。おかきを土産に買って帰る。橋を渡って立杭からバスに乗り福地山線相野駅に着く。そのまま電車で帰阪した。結局誇大広告の写真に振り回された。これは西日本百低山、たまにはこんな失敗もある。
 翌朝九時三〇分に京阪寝屋川市駅で待ち合わせ。山岳国体のクライミング予選を私市でやるのでよかったらおいで、と林氏から誘われていた。林氏達が仕事でホールドを設置した。勿論予選終了後ホールドは取り外す事になっている。運がよければ予選の後に登らせてもらえるかもしれない。そんなスケベ心で誘いに乗った。
 車に乗り込むと「テーブルマウンテンどうやった?」と児玉嬢。
「おかげさまで、それがなー、あっ林さん、ハンマー有難う。これお土産」といってハンマーとおかきを手渡す。
「どうやった? ハンマー役に立ったか?」と林氏。
「ええボッカ練習(荷物を背負っての山行訓練)になったわ。実はテーブルマウンテンではなくて腰掛け岩で……」と経緯を話す。大爆笑だった。常識で考えてもそんな岩場があればとっくに知れ渡っている。
 私市に着く。かつての石切り場。花崗岩であるが風化がかなり進んでいる。八五度位のフェイスにホールドが設置されていて、選手が集まってワイワイ言いながら登っている。林氏は役員に挨拶や打ち合わせで忙しく、彼の仕事の邪魔にならないように児玉嬢と離れたところで予選を観ていた。
 トップロープで男子は最初の六メートルのトラバースをやってから一七メートル登るが、女子はトラバースなし。タイムトライアルでテンションが掛っても良いことになっている。クライミングコンペと比べかなりルールが違うし、テクニックも比べ物にならないほど低い。中にはザイルの結び方を知らない選手や、今日初めてクライミングをやるという女の子まで選手登録されていて……あわわ。そんなのに限ってフラットソールはボリエールのベクターと呼ばれる今月出たばかりの新製品だったりもする。山岳国体はこの後ボッカや縦走なんかがあるらしい。さて気になるグレードであるが、林氏は 5.10bと言うが、後に筆者がトップロープで登らせてもらった感じでは三ランクも下の5.8程度だった。情けないことに、今の筆者に 5.10bをノーテンションでクリア出来るテクニックは、ない。もし背が高い者に有利なグレードを設定してしまったとすればそれはグレードセッターの恥である。
 ルールの無いところに登山の面白さを求めるとすれば、国体のようにむりやりルールをこじつけるとは(賛否両論いろいろと意見はあるでしょうが)笑止千万。これでは登山がスポーツに成り下がってしまう。スポーツに成り下がった登山。はたしてそんなものに何の魅力があろう。このことは林氏や役員や選手には口が裂けても言えない。口が裂かれれば喋りようがないものな。
 予選の話だった。しかし人の事を言える立場にないが、本当に国体の予選だろうか? それとも国体のレベルってこの程度なのだろうか? はっきり言って……
「へたくそ」耳元で彼女がささやいた。

虚空蔵山



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