読んだふりをするための
「低く飛ぶ鳩」

花原[私を「まちゅあ」と人は呼ぶ]和之

はじめに

 本作品は、一見ハードボイルドに見えますが、実は甲州作品では珍しい長編ラブロマンスでもあります。取り立てて美人というのではないが、妙に男の心をとらえて話さないヒロイン・玲子。彼女を巡る恋のさや当てに、谷甲州ならではの汗くささがブレンドされ、テレかくしに関西弁のトッピングをほどこした…といえばこの作品の雰囲気が少しでも伝わるでしょうか。
 物語の舞台も、谷甲州の出身地である大阪から思い入れの深いフィリピンへと展開し、甲州らしいリアリティあふれる描写が特徴的です。
 本作品に対する谷甲州の思い入れの深さは、まずその主人公によく現れていると言えるでしょう。主人公 − 門脇(姓だけで名前が実はなかったりするんだよな、この人)の迫力は圧倒的であり、他の作品のなまじっかな登場人物では対抗は困難かと思えます。覇者の戦塵に突如として(あるいは出るべくして?)出現した蓮実大佐に対抗できるのは彼くらいのものではないでしょうか。また、彼は過去の「こうしゅうえいせい」で甲州親方の代理を勤めたことからも、親方の彼に対する信任(?)の篤さが推し量れます。
 現在では入手は困難なようですが、上級(って何だ?)を目指す甲州ファンには是非読んでいただきたい一冊です。

主な登場人物

門脇
 本編の主人公。関西の中堅暴力団・相沢組組員。信条は「強引にマイウェイ」というタイプだが、それだけに純朴な側面もあり、若い頃からの純愛を成就して玲子と添い遂げようとする。
神崎玲子
 本編のヒロイン。遭遇する男たちを次々と狂わせる妖艶さを持つが、それ故に様々な男たちに翻弄される。
吉岡忠志
 相沢組を取材していたルポライター。本編の狂言まわし…かと思いきや、玲子の色香に狂ってしまったのか物語に積極的に関わってゆくようになる。
沼田
 借金のカタに玲子を囲っていた。門脇に恨みを持つようになる。
杵島
 相沢組幹部。相沢組を自分のものにしようと画策する。

あらすじ

「なんじゃワレ、どこの組のもんじゃ!」
 玲子との行為の最中を妨害された沼田は怒鳴った。が、いくらすごんでも素っ裸では迫力に欠けるのは否めない。
「わいは相沢組の門脇や。玲子はわいのもんや。逃げも隠れもせん、文句があったらいつでも相手になったるでぇ」
「なんやて。お前…ワシをだれや知っとるんか。ワイは工藤組の顧問をやっとる沼田ゆうもんじゃ。さっさと去にさらさんかい!」
「工藤の名前ださんかったらなんもできんダボが!」そう言って門脇は沼田を徹底的に痛めつけた。それこそ(誇張でなく)顔の形が変わるくらいに…。取材と称して同行していたルポライター・吉岡はその光景に恐れをなし、早々に逃げだしていた。
 こうして玲子を沼田の手から奪還し、長年の夢をついに実現させた門脇であったが、新たな問題が起こった。沼田が、相沢組と対立する暴力団・工藤組にやはり泣きついたというのだ。
「こうなったらなんでもやったるわい」工藤組との抗争に闘志を燃やす門脇と相沢組。その構えが効いたのか、しかし全面抗争はどうにか回避された。
 玲子の勤めるバー・シルビアでくつろぐ門脇。その頃、相沢組幹部・杵島と吉岡は、組を転覆する計画を練っていた…。
 やがて、今度は玲子に吉岡がまとわりつくようになった。門脇は泣き叫ぶ玲子からようやくそのことを聞き出した。
「あんなやつ…ゆわしてしもぉたる!」吉岡が滞在しているホテルに押しかけた門脇は自分の心情を切々と吉岡に訴えた。
「先生からみたら、ワシらはゴミみたいなもんかもしれん。せやけどな、なんぼゴミでも人間の尊厳いうもんがあるんや…」
 しかし帰り際、門脇は吉岡に後ろから襲いかかられてしまった。気を失ったために逃げ遅れ、門脇は警察に拘束される羽目になった。理不尽な取り調べの中、玲子を想い、焦る門脇。
 その隙に、フィリピンに逃がしてあった玲子を吉岡が追った。実は玲子は相沢組の本来の組長であったはずの仁科の娘だったのだ。今や相沢組を掌握した杵島の命を帯びて金に糸目をつけずに玲子を追い詰める吉岡。
 取り調べからようやく開放され、組に戻った門脇は、杵島によって組から絶縁されてしまう…。
「わしはもうええ。そやけど玲子は杵島から守ったるでぇ!」誓いも新たに彼はひとりフィリピンに向かうが、それは沼田が周到に計画した罠だった…。
「なんでもええ、はよ飛行機に乗せんかい。もっと偉いのを出せ!お前じゃ話がわからん!いっちゃん偉いのを出さんかいぃ!」格安チケット故のトラブルをくぐりぬけ、門脇はようやくフィリピンにたどり着いたが、一瞬遅く、吉岡は既に杵島の手配した車で玲子を追っていた。
「くそがぁ…」門脇は悔しさに歯ぎしりした。沼田はきっと兵隊を雇って待ち受けている。吉岡も拳銃を持っている。が、門脇の手元には手榴弾がわずかに一個。しかし怒りと、玲子への純愛に燃える門脇はそんなことには構わなかった。
「かまへん。ゲリラ戦したる!」
 そして、最後の戦いが始まった。生きて帰ることができないのはわかってはいたが、行かねばならないのだ。それが門脇という男であった…。

注意

 この「読んだふりの…」だけを読んで本当に読んだふりをするのは大変危険です。特に本作品の場合、甲州親方の命を受けた門脇のお礼参りに合う可能性が否定できません。ちゃんと買って読みましょう。不幸にして読んだふりをしてしまった場合、夜の大阪を歩く時には気をつけましょう。




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