読んだふりをするための
「ジャンキー・ジャンクション」

花原[私を「まちゅあ」と人は呼ぶ]和之

 谷甲州の作品には、SFや山岳小説の他に「マニラ・サンクション」などのハードボルドがあります。もちろん、単独ではなくいくつもの側面を持つ作品(例えば「天を越える旅人」はSFであり山岳小説でもある傑作です)に対しては、そういう分類が意味をなさないこともありますが。
 さて、ここで紹介する「ジャンキー・ジャンクション」は、そのタイトルから予想されるとおりのハードボイルドです。それも単なるハードボイルドではなく、そこはかとないSFの雰囲気もあります。しかも舞台はネパールですから、甲州ならではの「寒さ」も味わえるというお買得の一冊です。
 本稿では、その世界を簡単に紹介することを目的としています。これを読んだからといって、ほんとうに「読んだふり」ができるとは決して思わないでください。ちゃんと(買って)読んでみることをおすすめします。思わぬ落とし穴に落ちるかも知れませんから…。

主な登場人物

筧井宏
 国際犯罪組織を専門に担当するJFBIの捜査官。マックスに出会い、地下組織「ヴァジュラカン」攻略のための国際捜査隊に参加することになる。マックスの吸うハーブのパイプの煙により一瞬であっちの世界へとトリップする能力(?)を持つことになる。その際に見た幻覚によりジョージの危機を予め体験し、組織の手に落ちた彼の救出を試みる。由紀と組んで北壁ルート(組織の基地の北側の壁を越えて侵入するルート)に挑む。
デヴィッド・マクスウェル(マックス)
 アメリカ人。FBIの捜査官らしいが素性はよくわからない。不思議な効能を持つハーブのパイプがトレードマーク。今回の国際隊の編成は彼によって行われた。「君は、運命を信じるかね」というのが口癖のようだ。単独で、北東稜ルート(基地の北東にある裏山から侵入するルート)を担当する。
加藤由紀
 マックスの誘いにより今回のヴァジュラカン攻略に参加することになる国際警察機構の女刑事。犯罪捜査に関するセンスは抜群。シャーマンとしての能力を持つが、本人にもわからない理由によりジョージに反発してしまう。
ジョージ・フェアリング
 MI5に所属するイギリス人。一年前にデニスの兄マシュウとともにヴァジュラカンを攻略しようとしたが、マシュウの死亡により失敗している。マックスにはその時に出会い、今回の再会を予言された。マシュウの弟であるデニスとともに、困難な西稜ルート(西側の丘を越えて侵入するルート)に再挑戦する。
デニス・ワーウィック
 イギリス人刑事。一年前に死んだ兄・マシュウの復讐のため、ヴァジュラカンに挑む。なんとなく、その言動が「軌道傭兵(2・3)」に登場するダッド(ダドレイ・ブリスベイン)を彷彿とさせる。
 ジョージとデニスを見ていると、甲州作品ではやはりイギリス人はいじめられるのか…と思ってしまう。

あらすじ

 ある犯罪組織を追ってネパールにやってきた筧井宏は、不思議な雰囲気を持つ男、マックスと出会った。彼は、妙なにおいのするハーブのパイプをいつもくわえていて、遠い目をしており、「運命」や、誰だかもわからない人間との「再会」と言ったことを話していた。「ジャンキーか?、こいつは…」と筧井は思ったが、その男は後の再会を予言して別れた。
 捜査活動が一段落してオールドデリーに着いた筧井はひょんなことからマックスと再会し、大量の麻薬を扱うネパールの地下組織「ヴァジュラカン」の攻略を持ちかけられた。攻略に必要な資料は二人のイギリス人、ジョージとデニスが持っているという。ヴァジュラカン・ピークと呼ばれる同組織の麻薬集積所の破壊が攻略の主たる目的だった。寄せ集めの国際捜査隊ではチームワークが難点だが、西稜、北壁、北東稜の三つのルートから侵入し、ヴァジュラカン・ピークに到達・制圧するという計画はなかなか魅力的だった。強制捜査のためのネパール政府からの許可証も揃っているという。
 「よっしゃ、乗った!」と筧井は参加を承諾した…それが間違いの始まりだった。

 ヴァジュラカンからさほど遠くない所に設置した今回の作戦のためのベースキャンプで、マックスのパイプの煙を吸い込んでしまった筧井は生々しい幻覚を体験した。それは誰かが敵に発見されてしまい、捕えられてしまうというものだった。その後何度か幻覚を体験するうち、筧井にはそれが実際に起こるであろう出来事だと実感できるようになる。それがジョージのことだと知った筧井は、ヴァジュラカン攻略とともに、彼の救出の方法をも考えることになる…。
 「その経路は間違いよ!」気がつくと由紀とジョージが口論をしていた。「ジャンクション・ピークを迂回せずに破壊するべきだわ」と由紀は主張したが、それにはかなり無理がある。なぜなら、ジャンクション・ピーク(ヴァジュラカンの基地内にあるもう一つの物資集積所)へ侵入するのにはかなりの危険がともなう。今回の目的はヴァジュラカン・ピークにある麻薬集積所の破壊だから、敵に気づかれないように迂回するほうがどう見ても確実だった。
 筧井はもちろん、由紀自身にも、彼女が何故そんなことを言ったのかわからなかった。ただ、由紀は「頭の中で誰かの声がする…」と言った。

 いよいよ作戦が開始された。途中までは予想を上回るペースで難所をクリアし、ヴァジュラカン・ピークにかなり接近した筧井と由紀だったが、ヴァジュラカンの基地には、気づかれないうちに体力が奪われてゆくという高度なトラップが仕掛けてあった。これに由紀が引っ掛かってしまう。そのとき、由紀は助けを求めるジョージの声を聞いた。しかし自分の見た幻覚を信じる筧井は、まだその時ではないと判断して由紀を説得し、二人はいったん撤退することにした。
 二人は撤退の途中で雪の中に行き倒れていたデニスを拾い、ジョージがヴァジュラカンに捕えられたことを知らされる。がく然とする筧井…。
 デニスはジョージの救出は無理だと言い、まるで、かのダッドのような口調で − といってもダッドとこの話の登場人物には関係はないはずだが − 自分の行動の正当性を主張した。
 さて、筧井と由紀はジョージを救出するため、再びヴァジュラカン・ピークを目指した。ところが敵の攻撃を受けて北壁からの退路を断たれてしまい、「待っているように」という二人の意見を無視してついてきたデニスは負傷してしまった。前からはヴァジュラカンの戦闘員集団が襲ってくる…。三人はジョージの救出どころではない絶対絶命の危機に陥った…。
 そのとき、敵の向こうから耳慣れた銃声が聞こえてきた。マックスだった。彼はこんな時でも例のパイプをくわえていた…。

 筧井に由紀、それにマックスは、怪我人となったデニスを伴って、ジョージの救出に向かった。ジョージはいったんは敵の手に落ちたが、すきを見て自力で逃亡をはかり、ジャンクション・ピークの迂回路に立てこもっていたところを四人に無事救出された。これで全員が揃った。
 「この調子なら全員でヴァジュラカン・ピークを制圧できる。脱出もそう難しくない」マックスは自信ありげに言った。まるでマックスにはこうなることがわかっていたかのようだった。筧井はそのことをたずねたが、いつものようにはぐらかされてしまった。

 やっぱりこいつはラプラスの鬼にちがいない、と筧井は思った。

注意

 この「読んだふりの…」では重要な要素をいくつか省いたり誇張したりしています。実際に「ジャンキー・ジャンクション」を読んで確かめてみて下さい。




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