今回紹介する「エリコ」は特に入手困難本…というわけではありません。売れ行きも好調で順調に版を重ねている(先日見た書店では確か第4刷になっていた)ようですから、ちょっと大きめの本屋に行けばあっさりと入手することができるでしょう。そういう意味では、この「読んだふり…」の対象にする必要はないのですが…。ハードカバーのわりあい分厚い本であることと、帯にあった「美貌の高級娼婦、エリコをめぐる――嗜虐と倒錯のバイオサスペンス」というアオリのあたりに躊躇して、未読になっている人もいるかも知れない…ということで取り上げてみました。
「エリコ」はいろんな意味で「ハード」な作品です。ハードポルノという切り方のみならず、ハードボイルドという切り方もできるでしょうし、また、間違いなくハードSFという捉え方もできるでしょう。著者自らの「あとがき」に書かれているように、この作品は近未来にあり得る(次の段階の)人類の進化の方向についても描いています。現在、人間の遺伝暗号の解読が進められていることをご存じの方も多いことと思いますが、「エリコ」はその先に広がる展開の一つを取り上げている、とも言えるでしょう。
もちろん、SFマインドにあふれた遊び心にもあふれています。ハイテクを駆使した…むにゃむにゃ(笑)のための小道具は当然として、道頓堀の夜空に浮かぶレーザ立体映像の食い倒れ人形や、ロボット工学を駆使したカニ道楽の看板といった思わずニヤリとさせられるアイテムも登場します。まさに、甲州作品の奥の深さを味わえる逸品でしょう。
そうそう「舞台が月に近づくと甲州作品はヴァレリアる」という名文句がありますが、「エリコ」では特にそういうことはなかったようです。
エリコと愛甲という、互いに性的なコンプレックスを抱えた二人が、さまざまな困難を乗り越えて結ばれるまでを描く、今もっとも刺激的な「愛」を描いた話題作。
エリコ――戸籍名・北沢慧人は高級娼婦である。彼女はその磨きぬかれた肉体とテクニックを使って、幾多の男性を…時には女性も…「天国」へと導いてきた。しかし彼――愛甲ヨハネは違った。事件の中で出会ったとき、あっさりと、その意図すらなくエリコを「天国」へと導きかけた彼は…「女性」に興味を持てない人間だったのだ。
エリコは中国軽犯罪組織「黒幇」と日本最大の暴力組織「菊水会」、それに厚生省・警視庁・大阪府警が絡むドロドロとした抗争にいやおうなく巻き込まれゆく――エリコの身体には、彼女自身も知らない隠された価値があったのだ。
黒幇に拉致され、上海に連れてこられたエリコは、そこで自分の孫クローン、ワイレンを「男」にする(ま、彼は慧人のクローンなんでもともと男性ではあったけどさ)。次いで、黒幇の首魁、ラオタイ・ローを文字通り「天国」へと送った(ま、彼がやってきたことを考えると「地獄送り」というべきかも知れないが)。
かわいいワイレンと今や彼のものとなった黒幇を助けるため、エリコは日本に帰国して厚生省の大幹部・弘田氏を攻めようとするが、逆に罠にかけられてしまう。彼女は反則技ともいうべき「さまざまな」薬物を駆使する弘田に逆に「天国」へと送られ、自分達の計画をあらいざらい喋らされる。
幾重にもめぐらされた「罠」から脱出するには、弘田の遺伝情報を入手するしかない。エリコは自分の持つ「能力」を最大限に活用して反撃に出ることを決意した。
まず、弘田夫人を「天国」に送り、彼女を味方に引き入れ、彼女の遺伝情報の入手に成功する。あとは弘田の息子・晴樹の「遺伝情報」を入手すれば、かなりのことが可能となるが、晴樹はなんと月面都市に留学していたのだった。
月に向かったエリコは行きがかり上、寺尾医師の息子・和規を「男」にする。その彼の助けを借りて晴樹との会合を果たしたエリコは、無事、彼を「天国」に送り「遺伝情報」を入手することに成功した。しかし弘田はそうしたエリコの行動を阻止すべく行動を開始していた。エリコの身体に弘田の魔の手がせまる…。
そんな中、エリコとの約束を守り、囚われていた寺尾医師を救出した愛甲ヨハネは、彼と協力して弘田の野望を打ち砕くべく月面へと乗り込んできた。戦闘が発生し、愛甲はエリコを守って負傷する。極限の状況下で、エリコと愛甲は、ついにお互いを真実の「天国」に送りあうことに成功した…。
そして、あれだけの機会がありながらエリコに「天国」に送ってもらえなかった弘田は、ある意味で「天国」から最も離れた場所へと送られることになった。
「娼婦」というのは最も古い職業…とか書いてあるのをどこかで見た記憶がありますが、それと同時に、もっともその時代の影響を受ける職業(ま、今の日本では(少なくとも)正規の職業ではないですが)のような気がします。ひょっとすると今の時代だと「いんたーねっと」というのを一番うまく活用していたりするかも知れませんね。
ところで「エリコ」のあとがきには「…小説家たるもの、どんなジャンルにでも手をだすべきだ」とあります。また「22世紀における吉本興業」というフレーズもあります。大阪人である私としては、なんとなくこの路線も気になるのですが…。
さて、いつも書いていますが、この「読んだふり…」で本当に「読んだふり」ができなくても私は責任を持てません。興味を持たれた方は、是非「エリコ」を買って読みましょう。損はさせません。