読んだふりをするための
「戦闘員ヴォルテ」

花原[私を「まちゅあ」と人は呼ぶ]和之

 昨年に続いて入手困難本の紹介です。もっとも、同様に入手困難だった「ヴァレリア・ファイル」が再刊されたので、次はこの「ヴォルテ」あたりでは…などと個人的には思っています。来年には容易に手に入るようになっていることを期待したいものです。
 この作品は、広い意味では「航空宇宙軍史」に分類することができるようですが、他の話とのつながりは軍の名称以外には見当たりません。現在のところほぼ独立した話になっています。もっとも、時代背景としては汎銀河人らしい異星生物との戦争が行われているようですから、単に正史のほうがまだ追い付いていないだけかもしれません。また、航空宇宙軍史としてはめずらしく、いわゆる超能力者も登場します。ただし、どっかの小説みたいに「超能力で全て解決!」のようなことはありません。念動やテレポートなどの派手な超能力で物理法則を破るようなこともないので、ご安心を。
 甲州作品の例にもれず、全体として寒い話です。それに、色気のある話もありません。寒いのみならず、汗くさく、泥くさく(湿原に身を伏せたり冬眠中のヒグマと一緒に寝たり)、甲州作品の醍醐味を存分に味わえる逸品です。

主な登場人物

ヴォルテ
 戦闘員・タイプV。人間をベースに、様々な遺伝子的改良によって作られた、いわば改良人間である。研究中の航空宇宙軍忍者部隊から脱走した抜忍。
ヴァイズ
 テレパス。その能力の故に、子供の頃から生体実験を行われていた女性。現在はその能力を活用してヴォルテ(たち)のセンサとして生かされている。ヴォルテの洗脳を解き、軍から脱走させる。
ヴァイズ2
 ヴァイズのクローン。ヴァイズの死後、後藤大尉によるヴォルテの追跡に同行する。能力はヴァイズと同等だが性格は全然違う。余談ですが、このあたりにも、性格は環境が作る…という現実が見えるようではあります。
後藤大尉
 ヴォルテの元上官。航空宇宙軍忍者部隊の実現のため、(生死を問わず)ヴォルテの回収に意欲を燃やす。この人は身体的には普通の人だけど、あんまし関り合いになりたくないタイプではある。
レオノフ博士
 ヴォルテ(たち)の改造を研究していた。いわゆるマッドサイエンティストな人。
湿原の人
 ヴォルテとはタイプは異なるが、この人も抜忍。本名不明。この人も身体的には普通の人だが、湿原での防衛戦のスペシャリスト。
追跡者(ハンター)、V1、V2、V3
 ヴォルテ以前の研究成果である改良人間のクローン。追跡者は一人で、またV1、V2、V3は三人で、ヴォルテに挑む。

ヴォルテの能力

 ヴォルテは純粋な意味での人間ではなく、遺伝子工学による改良を加えられた超人…より正確には亜人間…とでも言うべき存在です。彼は、常人の数倍の筋力、耐久力、回復力を持っています。単に力自慢なだけではありません。視力や聴覚も優れていますし、嗅覚や気配の感知といった常人がほとんど持っていない種々の能力についても、野生の動物に優るとも劣りません。もちろん、二十二世紀の忍者として、銃器やナイフといった武器の扱いにも長けています。
 しかし、忍者として開発されたヴォルテの特徴は、次のような能力に見ることができるでしょう。まず、彼は気配をほぼ完全に絶つことができます。体温を意識的にコントロールして、赤外線センサにも発見されにくくなることができます。言葉をかわすことなく、人間のみならず様々な動物と意志の疎通を行い、情報を入手することもできます。頭脳も優れています…もっとも、戦闘行動における判断力に特化されてはいるようですが。忍者

テーマソング

 風よ吹け吹け嵐よ吠えろ、
 逃げ道ないぞ、ヴォルテ、覚悟!
 おうおうおうおう、や! 
 忍法? 警察爆破! ヴォルテ
 来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ 手強いぞ
 行けよ、行けよ、行けよ、行けよ 負けるなよ
 ヴォルテ ヴォルテ おいら抜忍 名はヴォルテ

 一人のヴォルテが二人のヴォルテ、
 三人、四人、五人、十人!
 おうおうおうおう、や! 忍法?
 クローン戦法! ヴォルテ
 来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ 手強いぞ
 行けよ、行けよ、行けよ、行けよ 負けるなよ
 ヴォルテ ヴォルテ おいら抜忍 名はヴォルテ

あらすじ

第一話 雪稜の狙撃者
 二十二世紀後半(と思われる)。地球の…とある弧状列島の北方の島にある、航空宇宙軍第二生物学戦研究所でヴォルテは生まれた。生みの親のレオノフ博士は、隣国に古えから伝わる「忍者」の概念を実現し、汎銀河人との戦闘に投入すべく、ヴォルテを開発したのだ。古えからの教訓にしたがって、改良人間であるヴォルテには洗脳…というより強力な暗示がかけられていた。しかし、ある雪山での訓練でのヴォルテの滑落をきっかけに、彼のセンサとしてのみ生きていたヴァイズは、そんなヴォルテに自由を教え、そして死んだ。ヴォルテは…ヴァイズの故郷である、トーポリの舞う南の土地を目指して旅立った…。
第二話 二人の抜忍
 研究所からの逃避行の際、ヴォルテは「湿原の人」の支配する湿原に到達する。彼もまたヴォルテと同じ抜忍だった。科学忍法を駆使する「湿原の人」と、トナカイを味方につけたヴォルテとの息詰まる戦い。忍法・動物変化が炸裂!
第三話 霧の中の野獣
 研究所があった島から脱出するためには海峡を渡らなければならないが、海峡は国境警備隊によって厳重に封鎖されていた。それだけではない。研究所は新たな能力者を派遣していた。国境警備隊と研究所からの追っ手に対抗せねばならないヴォルテ。忍法・他人のふりで勝負!
第四話 殺人者の街
 ようやく渡った大陸の街で警察に追われるヴォルテは、偶然イブという女性の所に逃げ込んだ。そのことを知った後藤大尉はイブを利用してヴォルテを倒すことを考え、ヴァイズUを通じてヴォルテを挑発した。苦悩するヴォルテ。一瞬の勝負に賭ける後藤大尉。忍法?警察爆破のタイミングが決め手だ!
第五話 追跡者の顔
 ついに追っ手として自分と同じ改良人間が起用された。しかも追っ手は武器を持っているがヴォルテは素手だ。冬の迫る雪山を舞台に繰り広げられる一対一の死闘。ヴォルテは抜群のセンシング能力を持つ敵に変わり身の術で勝負に出た!
第六話 遠い河
 前の追っ手との戦闘で負傷したヴォルテが収容所にいる間にも、後藤大尉は着実に次の計画を練っていた。ついに手持ちのクローン三人を使い、背水の陣に出た。脱走完了直前で罠にかかるヴォルテ。直後、研究所側の裏をかこうとするヴォルテの行動は、しかしヴァイズUによって読まれていた…。体力・知力の全てをかけた、最後の戦いが開始された! 寒さを得意とする、ヴォルテの幻惑忍法が炸裂! 
 戦い疲れたヴォルテは、今度こそ南を目指す…。

あとがき

 改造人間の脱走というと、自分が作られた組織を壊滅するのが普通(?)のようですが、ヴォルテの場合はただ逃げるだけです。正義のヒーローのようにしゃちほこばった大義名分のようなものはありません。あくまで(それがヴァイズの影響によるものだったとしても)自分の個人的な願いを達成するために孤独に努力しているという感じがあります。スカッとするような超人的な能力以上に、このあたりのちょっと暗い人間味がヴォルテの魅力ではないかと思います。ヴォルテは、今のところこの本のみの登場人物ですが、なかなかに魅力的なキャラクタで、正史にも是非登場していただきたい人物です。
 作者あとがきに、この作品の原型のひとつとして白土三平の「カムイ外伝」があげられていますが、「ヴォルテ」は忍者モノとしてもこれに匹敵する完成度だと思います。また、そこには「『カムイ外伝』のように二十年ほど経ったら続編を書くかも知れない」ということが書かれていますが、第一話からはもう十六年が経過していますから、ファンとしてはそろそろ続編に期待したいところです。今度は宇宙あたりを舞台にして…。
 なお、いつも書いていますが、この「読んだふり…」を決して鵜呑みにしないで下さい。内容をできるだけ忠実に伝えるよう努力していますが、私自身の読解力の欠如から、あらぬ誤解をしている可能性は決して否定できません。さあ、徳間書店に増刷の要望を出しましょう!




●甲州研究編に戻る