昨年に続いて入手困難本の紹介です。もっとも、同様に入手困難だった「ヴァレリア・ファイル」が再刊されたので、次はこの「ヴォルテ」あたりでは…などと個人的には思っています。来年には容易に手に入るようになっていることを期待したいものです。
この作品は、広い意味では「航空宇宙軍史」に分類することができるようですが、他の話とのつながりは軍の名称以外には見当たりません。現在のところほぼ独立した話になっています。もっとも、時代背景としては汎銀河人らしい異星生物との戦争が行われているようですから、単に正史のほうがまだ追い付いていないだけかもしれません。また、航空宇宙軍史としてはめずらしく、いわゆる超能力者も登場します。ただし、どっかの小説みたいに「超能力で全て解決!」のようなことはありません。念動やテレポートなどの派手な超能力で物理法則を破るようなこともないので、ご安心を。
甲州作品の例にもれず、全体として寒い話です。それに、色気のある話もありません。寒いのみならず、汗くさく、泥くさく(湿原に身を伏せたり冬眠中のヒグマと一緒に寝たり)、甲州作品の醍醐味を存分に味わえる逸品です。
ヴォルテは純粋な意味での人間ではなく、遺伝子工学による改良を加えられた超人…より正確には亜人間…とでも言うべき存在です。彼は、常人の数倍の筋力、耐久力、回復力を持っています。単に力自慢なだけではありません。視力や聴覚も優れていますし、嗅覚や気配の感知といった常人がほとんど持っていない種々の能力についても、野生の動物に優るとも劣りません。もちろん、二十二世紀の忍者として、銃器やナイフといった武器の扱いにも長けています。
しかし、忍者として開発されたヴォルテの特徴は、次のような能力に見ることができるでしょう。まず、彼は気配をほぼ完全に絶つことができます。体温を意識的にコントロールして、赤外線センサにも発見されにくくなることができます。言葉をかわすことなく、人間のみならず様々な動物と意志の疎通を行い、情報を入手することもできます。頭脳も優れています…もっとも、戦闘行動における判断力に特化されてはいるようですが。
風よ吹け吹け嵐よ吠えろ、
逃げ道ないぞ、ヴォルテ、覚悟!
おうおうおうおう、や!
忍法? 警察爆破! ヴォルテ
来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ 手強いぞ
行けよ、行けよ、行けよ、行けよ 負けるなよ
ヴォルテ ヴォルテ おいら抜忍 名はヴォルテ
一人のヴォルテが二人のヴォルテ、
三人、四人、五人、十人!
おうおうおうおう、や! 忍法?
クローン戦法! ヴォルテ
来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ 手強いぞ
行けよ、行けよ、行けよ、行けよ 負けるなよ
ヴォルテ ヴォルテ おいら抜忍 名はヴォルテ
改造人間の脱走というと、自分が作られた組織を壊滅するのが普通(?)のようですが、ヴォルテの場合はただ逃げるだけです。正義のヒーローのようにしゃちほこばった大義名分のようなものはありません。あくまで(それがヴァイズの影響によるものだったとしても)自分の個人的な願いを達成するために孤独に努力しているという感じがあります。スカッとするような超人的な能力以上に、このあたりのちょっと暗い人間味がヴォルテの魅力ではないかと思います。ヴォルテは、今のところこの本のみの登場人物ですが、なかなかに魅力的なキャラクタで、正史にも是非登場していただきたい人物です。
作者あとがきに、この作品の原型のひとつとして白土三平の「カムイ外伝」があげられていますが、「ヴォルテ」は忍者モノとしてもこれに匹敵する完成度だと思います。また、そこには「『カムイ外伝』のように二十年ほど経ったら続編を書くかも知れない」ということが書かれていますが、第一話からはもう十六年が経過していますから、ファンとしてはそろそろ続編に期待したいところです。今度は宇宙あたりを舞台にして…。
なお、いつも書いていますが、この「読んだふり…」を決して鵜呑みにしないで下さい。内容をできるだけ忠実に伝えるよう努力していますが、私自身の読解力の欠如から、あらぬ誤解をしている可能性は決して否定できません。さあ、徳間書店に増刷の要望を出しましょう!