海の若大将?甲州

川崎[漁師]博之

 甲州さんといえば「山男」のイメージであり、その作品も山を舞台にしたものがおおい。
 「白き峰の男」連作シリーズではみごと新田次郎文学賞を受賞されているし、ヒマラヤを舞台にした冒険活劇もSFもあるし、谷甲州その人がその昔山登りに浸りっきっていた山男でもあることは周知のとおりである。
 あるいは、甲州さんといえば「土方」「親方」「現場監督」のイメージもあろうか。土方としての経歴も長く、都会でのモグラ暮らし?に嫌気がさしネパールまで土方をしに出かけた強者でもある。
 こんな経歴と「肉体派SF作家」?と異名を取るほどのがっしりとした風貌から、甲州さんには大地の土の香りが良く似合いそうである。腰に手ぬぐいなびかせて、額に光る汗の粒。ねじり鉢巻をとったその手を腰に当て、ぐいっと薬缶の口から水を飲み干す。沈む夕日は遥かな地平線。ほっと一息「今日の仕事は辛かったぁ…」
 絵になるなぁ…。
 こうした「地」のイメージと、甲州さんが作り出す世界の山岳描写や宇宙空間の描写にみられるような荒涼感、絶対零度の温感、冷え切った空気、山稜を吹き抜ける激しい風、戦闘機の操縦席に吹き込む風、甲板を渡る肌に突き刺さる風、というものから連想される「風」のイメージも強い。
 加えて、冒険小説系に描かれる物事をあきらめることのない(思いきりが悪いやつも居ますが…)、燃える主人公たちに表されるように、「火」というイメージも納得できる。焦熱地獄の戦地もあった。
 では「水」というイメージはどうだろうか。
 作品の中に海や河の描写がないわけではない。戦記系ではオホーツク海戦も描かれたし、渡河作戦も描かれた。冒険・山岳系でも沢を登ったり、河を渡る描写は何度もある。でもあんまり「水」のイメージではない。水系ではあるけれど、凍てつく海、痺れる冷たさの河、極め付きは氷河に覆われた惑星CB-8、とどうも水より氷というイメージである。
 作品には水系のイメージはあふれていると思うのだが。例えば航空宇宙軍史は、宇宙という大海に航宙船という船で乗り出し、時に超光速流という巨大な海流に運ばれながらさまざまな宇宙世界に分散し渡っていった大航海物語である。海洋冒険活劇系の匂いも漂っているではないか。個人的にはそう思うのだが…。

 話は少し横道にそれるが、航空宇宙軍史の世界の気分を少しだけでも疑似体験するには海にでかけるといい。
 海といっても賑やかな海水浴場ではない。人気の少ない海がいいと思う。月のない夜、カヌーに乗り込んで海に出てもらいたい。海は荒れてはいないがうねりがありカヌーは多少不安定に揺れているぐらいがいい。沖にでれば漕ぐのをやめ、カヌーのなかで仰向けに寝転んでみよう。
 ゆったりとしたうねりに身を任せていると、眠りに落ちていくような、船酔いがやってきそうななんか頼りない気分になってくる。浜の光も遠くなりちょっと遠出しすぎたことが心配になり、帰れるんだろうか不安になってくる。そんな不安定な、でも揺りかごにゆられて気持ち良いようなもやもやした気分。そんな時「あぁ、救命ポッドに閉じ込められて宇宙を漂う気分ってこんなもんかなぁ」と想像力を働かせてみてほしい。
 そうしながら星をみていると、星空を「見上げている」のだが、だんだん感覚が「見下ろしている」気になってくる。そのうち波の波長に同調しはじめると、波に身体が持ち上げられたとき、ふっと星の宇宙に向って「落ちていく」気分になってしまう。航宙機の船外作業中に弾き飛ばされ、船外作業服のまま宇宙を漂う気分が味わえることだろう。
 ただし潮の流れが早い場所ではやらないほうがいいと思う。本当に漂流することになってしまいかねない。

 話をもどそう。
 まあ甲州さんに海洋冒険活劇系のイメージを押し付けるのは、営業上まずいのかも知れない。もと航海士だったかの作家・谷某氏とかぶってしまい、初心者はますます勘違いし、甲州者から邪道呼ばわりされてしまうかもしれない。まあ谷某氏も海洋系からイメージを変化させてきてはいるようだから心配ないかもしれないが。
 いずれにせよ、甲州さんの作品に水系のイメージがないわけではない(色気のあるお水系は少ないかもしれないけど)。
 ただし作者自身に「海」の香りをイメージする人は少ないのではないか。甲州さんから漂ってくるのは潮の香りというよりは、どうしても汗の「塩」の香りといったほうが似合いそうだ。みなさんは「海の男・甲州」という言葉でどんな男を連想するだろうか。
 戦記系の作品も多いことだし、海軍軍人のイメージはありえるかもしれない。でも戦艦の艦長というのは柄ではないような気がする。ぴしッとした制服を着た軍人のイメージは似合いそうもない。やはり腰の手ぬぐいが油にまみれた機関長ってのが一番ありそうな気がする。どうしても制服を着るのなら、はぐれモンばっかりの乗組員を束ねるよれよれの制服にねじり鉢巻の潜水艦の艦長というところだろうか。
 他に海の男・甲州といえば、海軍でなければやはり漁師だろう。ねじり鉢巻、腰の手ぬぐいがぴったりと決まりそうである。漁船の甲板上であぐらをかかせ一升瓶を抱えさせれば、某日本酒CMにでも採用してもらいたいぐらい似合っていると思う。
 若大将・加山某氏がもつ「海の男」の典型的なイメージ(すでに世代間較差があると思うが)には、どうも甲州さんはなじめそうもない。クルーザーの甲板でシャンパン片手にタイタニックごっこをしている甲州さん、というのは想像し難い。
 甲州さんがマリンスポーツには縁がないということではない。ご存知のように甲州さんは奥様ともどもスキューバダイビングのCカードを取得し、サンゴ礁の海にも潜っているのだ。充分潮の香り漂う海の男で通用すると思うのだ。
 そんな甲州さんの影響?か、人外協メンバーのなかにもダイビングにはまった人達がいるようである。ただし彼等は海に行くとき「スキューバダイビングにいく」とは言わないで「無重力遊泳訓練をやる」と称しているようだが…。
 とにかく、甲州さんが海に潜っている姿を想像すると、スキューバというよりヘルメット潜水している潜水夫の方が似合っていそうである。低重力の衛星表面上で作業に向う作業員を髣髴させるようではないか。ヘルメットを被る頭にはねじり鉢巻はかかせない。

甲州 こうしてみると甲州さんのこの個人的イメージを決定付けているキイ・アイテムが「手ぬぐい」あるいは「ねじり鉢巻」であることがわかる。「こうしゅうえいせい」「甲州画報」に載ったイラストのイメージによって洗脳?されたのかもしれない。
 結局、マリンスポーツもやる甲州さんなのだが、「海の若大将」というイメージには無理があるかなぁ。まあ「爽やかな海の男」というイメージそのものがうそ臭く俗っぽいのだが、いずれにせよ「爽やかな甲州さん」というのは、「品行方正なやくざ屋さん」のようにどこか座りが悪い。
 甲州さんは酒と汗と硝煙の匂いが満ちた暑苦しさに包まれているか、あるいは乾ききった極寒の冷気に曝されていて、どうみても爽やかさとは縁遠い。もちろんこれはあくまでイメージであって甲州さんの実生活のことではないのだが、どこかに非日常性を持った作者で居て欲しいというのもファン心理であるように思う。
 さて、みなさんは甲州といえば何を思い浮かべるのでしょうか。




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