宇宙のサルガッソ

林[艦政本部開発部長]譲治

 外惑星の都市伝説の多くは宇宙の存在がその背景にあるものが多い。
 一方、地球においては人間と人間(または神)との関係が都市伝説の基本をなしている。だから、外惑星の都市伝説でありながらその起源を地球に遡れる話しはその背景に意外に複雑な事情があることが多いのである。


 『俺の義理のおじざんがカリストで哨戒艇に乗っていた時の話しだ。いつものように軌道を遷移していると、とんでもない方向から微弱な電波が飛込んできたそうだ。
 電波は貨物船か何か大型の船のものらしいんだがコンピュータで付近を航行中の船のスケジュールを調べてみたらそんな船は登録されていないんだ。で、その船に通信を送ろうとしたとたん、電波が途絶えてしまったんだ。
 これはどう考えたって密輸船だよなぁ。まぁ、電波のドップラーシフトの具合から相手のおよその場所と軌道を推測し、さっそく臨検に行ったわけだ。レーダーの有効範囲まで近づいておじさんは驚いたね。貨物船一隻のケチな密輸かと思ったらどうしてどうして、レーダーに映ったのは大小あわせて数十隻にもなる大船団なんだ。すぐに応援をよぼうとしたんだがこんな時に限って無線機が故障なんだよな。しかも運が悪い時には重なるもんで船団のほうから飛んできたゴミか何かがバーニアと接触しちまったんだな。損害自体は船外作業で修理できる程度なんだが困ったことに減速も軌道修正も出来ないわけさ。
 しょうがないから哨戒艇は浮遊物を装いながら船団の中をフライバイすることになったんだ。万が一に備えてレーザー砲はすぐに使えるようにしていたらしいがね。
 これだけの船団がどうして発見されなかったかって、おじさんも不思議に思ったそうだがその理由はすぐに解ったんだ。赤外線センサーの表示は船団全部が冷えきっていることを示していたわけさ。これだけの芸当はかなり統制のとれたでかい組織じゃないと出来ない話しさ。
 ところがね星の光でも明るく写る高感度カメラってあるだろう。あれで見たらこの船団の正体がわかったんだ。その船団はみんな難破船だったんだよ。外惑星動乱なんかで破壊された船が重力か何かの関係でここに集ってきたらしいんだ。哨戒艇の連中はしばらくあっけにとられていたそうだ。
 それで哨戒艇を修理したおじさんたちはな、ナビゲータのデータを元にサルベージ船ともどももう一度、難破船団を探しに行ったそうだ。だけどあるべきはずの船団はどこにも無かったんだと。
 えっ、その難破船からの電波かい? そうそこが不思議なんだよな。いちおう哨戒艇のコンピュータには電波の記録はちゃんと残っていたんだ。しかしいくら調べても貨物船でそれに該当するものは無かったんだ。なに?その船の名前かい。サラマンダーって言うんだけど、あんた知らないかい?』


 これはいわゆる宇宙船の墓場とか宇宙のサルガッソとか呼ばれる話しの一種である。こうした宇宙船の墓場に関するものは外惑星でなくても、地球でも同様の話しを見ることが出来る。
 地球上でこの手の話しが見られる場合、多くは船乗りがタブーとしている事を行なったためにサルガッソに閉じ込めわれるというのが一般的なパターンとなっている。ようするに罪を犯せば神によって地獄に落とされると言うことを述べているのだ。
 単純に内容を見る限りにおいてはこの宇宙のサルガッソの話しも地球のそれと、宇宙に対する恐れにも似た感情が結びついて出来た話しのようにも思える。
 だが詳しく見てみると意外な事実がわかる。この宇宙のサルガッソの最も古いとされる伝説では主人公の船は哨戒艇ではなく掃海艇となっているのである。したがって話しの状況も密輸の摘発ではなく掃海作業の途中でサルガッソと遭遇することになっている。とうぜん船のバーニアの故障もゴミとの接触ではなく、サルガッソにあった機雷の爆発が原因となる。
 なぜ掃海艇が哨戒艇になったのか? これはこの話しが作られた歴史的背景を考えると解るだろう。いまでこそ掃海作業どころか機雷すら知らない人も珍しくないが、当時は違った。外部との貿易を行ない都市を維持するためには掃海作業はなくてはならないものだった。
 そのためもっとも古い伝説は現在のものとはその内容が随分と違う。その中では機雷がサルガッソを作り、そのサルガッソがまた仲間を増やす。
 結局、この話しは何を言いたかったのだろうか? それは機雷を敷設したのが航空宇宙軍でありながら掃海作業を実際に行なっていたのが外惑星人だった事実によって暗に示される。
 やっと戦争が終結しても、占領下と言う特殊な環境においても自由に物が言えない状況だけは少しも変っていないもどかしさ。
 伝説にでてくるサラマンダーは本当は何者を墓場へと導きたかったのだろうか?




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