赤い宝石

林[艦政本部開発部長]譲治

 外惑星の各都市群は、その誕生から100年近い年月を経た現在、市民に快適な居住空間を約束している。永久凍土またはメタンの大気の地表から一歩都市に入れば、そこには暖かい温度と酸素の大気そしてホログラムとはいえ青空さえ広がっている。
 しかし、この外惑星の快適な都市群も、なんら代償もなしに今日の繁栄を築いたのではないのである。


 アレクセイは、その結晶をはじめて見た。彼のグローブの上で赤く輝くその結晶は、バイザーを通しても宝石に見えた。だが彼の地質学者としての知識を持ちだすまでもなく、その衛星で宝石が作られるはずが無いのだ。
 彼の住んでいる衛星は、木星の周りを回る衛星としても小さなもので、地質学的には死んだ星なのだった。
 「隕石か・・・やはり」
 アレクセイはつぶやく。火山どころか地震すら珍しいこの衛星で、宝石が作られる理由はそれしか考えられない。
 探知機に異常な反応があり、そのあたりの氷の中から現れた結晶。おそらくこの探知機の反応は宝石を産みだした隕石の物だろう。
 アレクセイはふとレティの事を思いだした。それは彼の婚約者。彼がこんな場所で危険な地質調査の仕事をしているのも彼女のためなのだ。だが、それももう終わる。探知機の反応どおりにこの隕石が金属質に恵まれたものなら、それを発見した彼には少なくない配当があるはずだ。
 仮に隕石が見つからなくても、この見たこともない宝石が、二人に幸福な生活を約束してくれるだろう。証拠となるビーコンを設置するとアレクセイは仮設基地に戻った。彼は宝石をケースに入れると、エアロックを抜けた。
 「おい、大発見だ。宝石と隕石を見つけたぞ」
 「そいつはおめでとう。しかし、アレクセイよう、この小さな衛星に宝石なんぞあると思うか」
 「そう思った俺も。だが違うんだ、この宝石は隕石が衝突した時にできたんだよ。まぁ、いい、原物がここにある」
アレクセイはケースを開けた。だが中から出てきたのは赤い液体だった。
 「こんな馬鹿な・・・さっきまで赤い結晶だったんだ」
 「おい、これ血じゃないのか、アレクセイよう」
翌日、基地の人間総出でアレクセイのビーコン付近を捜索した。アレクセイが宝石を発見したちょうど真下には運悪く隕石に衝突した地質学者の死体があった。血液を宝石のように輝かせて。


 この『赤い宝石』と言う都市伝説は、都市伝説としても非常に古い部類に入る。これは主人公である地質学者の仕事ぶりをみても分かるだろう。現在の外惑星領域では、このような方法で地質の調査は行われてはいない。ほとんどの場合、リモートセンシングによっている。
 さて、『赤い宝石』に代表される古い都市伝説には、共通する要素が一つあることが多くの研究者によって確認されている。
 それは死体、しかも事故で死亡した人間の死体である。この『赤い宝石』においても「運悪く隕石に衝突した地質学者の死体」がラストに出てくる訳だが、この死体の存在こそが古い都市伝説であることの特徴なのだ。
 現在の外惑星領域でこの手の都市伝説が語られる時、死体と言う「物」は忌まわしい物であると共に、非日常的な物として捉えられている。
 現実の世界ではどうか。外惑星動乱直後の一時期を除けば、外惑星領域の諸都市における死亡原因の上位5は全て何等かの疾患によるものである。
それ以外の死因、特に事故死の占める割合は年々低下する傾向を示している。
 試しに貨物船のパイロットに「何故、貨物船のパイロットになったのか?」と訊ねてみるといい。その答えの多くは「金がいい」か「安全な仕事だから」とものだろう。
 「冒険を求めて」などと言う答えなど期待するだけ無駄である。
しかし、この『赤い宝石』の舞台となった時代はそうではなかった。宇宙船を操縦する事は無条件に冒険であった。小惑星の地質を調査する知能を持った無人宇宙船などなかった。簡単な道具だけでみんな人間がやらねばならない時代だったのだ。
それだけ冒険の時代でもあり、同時に危険な時代でもあったと言えるだろう。
 そんな時代においては死体は「非日常的」な物ではなく、「日常的」な物であったのだ。
 だから古い時代においては『赤い宝石』に代表される都市伝説は、歴史の一断面でもあった。それは、その時代には、人類が宇宙へでたときどれだけの犠牲を払ったかを教えてくれた。
 が、今では『赤い宝石』の死体達は、緑色の触手を持ったモンスター達の仲間でしか無いようである。
冒険の無い宇宙都市を伝説の死体達はどう考えるだろう。私には分からない。




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