伝説と言うものは、一般に自然発生的に生まれるものである。しかし、物事には常に例外と言うものがある。
俺の友人の叔父さんが航空宇宙軍の砲艦に乗っているんだ。それである日、漂流中の仮装巡洋艦を発見したんだな。
無線による呼び掛けにも返事をしないので、完全武装の兵士が敵仮装巡洋艦に乗りこんだわけさ。
するとよ船内には死にかけた乗組員が20人ほどいたんだ。どうやらエンジンの暴走で推進剤をつかいはたして漂流したらしいんだ。
口をきける状態の奴は一人もいなかったんだが、かなり長期にわたって漂流したらしく、船内にはまったく食料がなかったそうだ。
全員ひどい栄養不良で、砲艦の乗組員は自分たちの食料を減らして、彼らに食べさせたんだ。
しかし、それにもかかわらず仮装巡洋艦の乗組員は全員餓死してしまったんだそうだ。基地に帰還してから彼らの死因は詳しく分析されたんだ。おどろいた事に彼らは全員サイボーグだった。
食料不足の外惑星側は、水素を食べて生きてゆけるように人間を改造していたらしいんだな。医者の話だと、改造の障害になるんで発声器管は取り除かれていたそうだ。
読んでいただければ十分予想出来ると思うが、この話はかつての外惑星動乱の時期に小惑星都市を中心に語られていたものである。
むしろ今日では「外惑星動乱の時には外惑星では食べるものが無くて水素を食べていたそうだ」と言う話の方が通りがよいだろう。
まさにそのとおりで、外惑星動乱時にはさかんに聞かれたこの話も、今日では文献でしか知ることは出来ない。
外惑星の都市伝説と言うものは、外惑星で生まれたものである。が、この話だけは地球で生まれたのだ。
この話の特異な点は、この他にも出どころが特定できる点にある。現在までに確認されている文献は二つ。
「ベルターが推薦する美味しい鍋料理20選 阪本雅哉子著」と「彼に嫌われないベッドマナー集無重力編
陰山琢磨子著」(注)の二つ。これらの本の中に、この「水素食い」の話が載っている。
話を戻そう。何故、この話が地球で作られ、さらに出どころが特定できたのか。それはこの話が航空宇宙軍によるプロパガンダであったためである。
伝説と言う視点を捨てて、プロパガンダとして考えたとき、この話は宣伝としては非常に良くできている事に気がつくだろう。
水素を食べていた、と言うところで外惑星連合の生活がいかに苦しい物であるかを印象づける。また、そのために人間を改造すると言う点で外惑星連合がいかに非人道的な集団かも説明している。(改造のために発声器管を取りのぞく事を考えて欲しい)
それに引き換え、航空宇宙軍の兵士は、自分たちの食料を減らしてまでも外惑星連合の人間を助けようとする人道的な集団なわけである。
直接的に外惑星連合を非難し、航空宇宙軍の正当性を言ってはいないが、その意図するものは明白であろう。
一方、外惑星連合としては、経済封鎖で生活が苦しいのは事実であるから国民の生活を紹介して反論することは出来ない。
また人体改造についても、すべての研究施設を公開するわけにはいかない(実際、人体改造に似た事は行われていたらしい)ので効果的な反論はやはり出来ない。
実際、外惑星連合は「そのような人体改造の事実はない」との声明を発するにとどまったそうである。
外惑星動乱が語られるとき、外惑星連合の情報収集能力が問題になる。
が、それ以外に宣伝面においても外惑星連合は航空宇宙軍の敵ではなかった事がこれで分かるだろう。
だがしかし、その航空宇宙軍の宣伝をもってしても、宣伝はしょせん伝説にはなりえないことを、この「水素食い」の話は教えてくれるだろう。
(注)本の題名とは裏腹に、航空宇宙軍が製作した宣伝文書である。
したがって鍋物もベッドマナーも出てこない。
内容は外惑星連合の行為が海賊のそれであり、それにたいする航空宇宙軍の正当性を主張している。これに関連してミッチナー将軍をはじめとする外惑星連合首脳部の冒険主義を厳しく非難している。
題名にだまされてジュノーあたりから、相当数が外惑星連合に流れたとみられている。外惑星連合の検閲能力がいかほどのものであったかをはからずも露見する結果となった。
この[伝説]に関しては、マル編の体験した−としか表現しようのない−まことに奇怪な出来ごとをかたらなければならない。
上に掲げたものは、(編)の手元にある資料である。不鮮明なコピ−で恐縮だが、レッテルと思われる言葉を解読すると、「ナガタニ・コロニ−の水素茶漬け」と読むことが出来る。
これはなんと、「常温核融合水素茶漬け」を美味しくいただく為の、調味レ−ションだったのである。
そして(編)は林隊員とは別のル−トでこの資料の分析を某ア・メ−バ研究所に依頼したのだが、入手過程(情報提供者との誓約のためここには明らかにできない)や材質からして、「確かに第一次外惑星動乱時に流通していたものに絶対に間違いない」という分析結果を得ているのである。
これはいったいどういうことなのであろう。
伝説を騙る、という不遜な謀略が、時空の超越者の怒りと諧謔心を刺激したのだろうか。謀略文書の行間に伝説の「宇宙翔ける鳥」の姿を一瞬間幻視したのは、本当に(編)の過剰な想像力のせいだろうか。
林隊員の名誉のために言い添えると、某ア・メ−バ研究所の再調査の結果、林隊員の調査報告も又、掛値無しの真実であった。(編)はこの目で「ベルターが推薦する美味しい鍋料理20選
阪本雅哉子著」と「彼に嫌われないベッドマナー集無重力編
陰山琢磨子著」を確認さえしているのだ。
(編)はいま、くらくらする思いで、一つの問を自分自身に投げかけている。
「騙られたのは外惑星人なのかそれとも航空宇宙軍なのか? そして騙ったのは航空宇宙軍ではなくて伝説そのものではなかったのか?」