ミッチナージョーク

林[艦政本部開発部長]譲治

 19世紀初頭にユーラシア大陸西部を中心に行われた戦争は、一般にナポレオン戦争と呼ばれている。また、20世紀中ごろにやはり同じ地域で行われた戦争は、ヒトラーの戦争とも呼ばれている。
 そして22世紀、太陽系全体を巻き込んだあの戦争は、いまはミッチナーの戦争とも呼ばれている。それが妥当かどうかは別として。

スパイ:

 山下将軍のもとに外惑星連合軍のスパイから報告があった。なんと外惑星連合軍の将軍のなかに、航空宇宙軍のスパイがいると言う。相手が将軍だけに表だった調査は困難だった。そこで将軍はダンテ隊長に、相談した。するとどうだろう、30分もしないうちにダンテ隊長はそのスパイを見事に摘発したではないか。
「ダンテ隊長、いったいどうやったんだ?」
「簡単ですよ将軍。数を数えてもらったんです。外惑星連合の将官で20以上の数を数えることが出来たら、そいつがスパイです」

仮装巡洋艦の定義:

 攻撃して戦果をあげると巡洋艦と発表され、沈められると単なる貨物船と発表される宇宙船のこと。

カリストの学校にて:

 職員室である教師がなげく。
「アレクセイにも困ったものだ。数学も科学も全然駄目。すぐに暴力に訴えるし、おまけに大の嘘つきときてる。典型的な劣等生だ」
「ここが学校じゃなくて軍隊なら、彼も将軍くらいにすぐなれるのにな」

 外惑星世界でのジョークのなかで、特にミッチナージョークと呼ばれる一群の小話がある。先の三つの話をみても分かるようにそれらは外惑星連合軍首脳を題材にしたものが多い。そうなるとミスター・外惑星連合軍ことミッチナー将軍をネタにしたジョークの存在は当然予測される。そしてじっさいミッチナー将軍は戦争指導のみならず、ジョークにおいても他の追随を許さない。

マリオネット:

 タイタン軍の定例幕僚会議の時だった。フィッシャー提督は突然、何を思ったかカメラをとりだすと歩きだしながら写真を撮りはじめた。参謀達の制止もなんのその。困り果てた参謀達はカリストのミッチナー将軍に相談することにした。
 通信を送ってから数時間後、カリストから返事がとどいた。
「諸君、心配にはおよばない。すぐによくなる。こちらの単純なミスだ。プログラマーがフィッシャー提督と惑星探査機のプログラムを間違えたんだ」

本音:

 ミッチナー将軍を暗殺しようとした男が警備の警官に逮捕された。公安担当の腕利きが尋問した。
「なぜ失敗したんだ?」

健康法:

「ミッチナー将軍はいつもお元気ですが、なにか健康の秘訣でもあるんですか?」
「ああ、健康のために私はいつも困難な問題は忘れることにしてるんだ」

肖像画:

 ハンス二等兵はシュミット小佐から激しく叱責された。こともあろうにミッチナー将軍の肖像画を仮装巡洋艦の便器の蓋にしていたのだ。
「しかし,小佐殿。仮装巡洋艦に肖像画なんか置く場所はありませんよ。どうすればいいんです」
「馬鹿者,こんなものは便器の蓋になんかしないで,さっさと吊すか壁に立てかけるんだ」
(注:吊す,壁に立てる,とは絞首刑と銃殺の意味がある)

 ミッチナー将軍に代表される外惑星連合軍首脳部にたいするジョークがなぜかくも多いのかについては一般に社会的な構造から説明される。
 外惑星連合軍において将官の数が少ないことからも分かるように、外惑星連合軍の人的な資源は航空宇宙軍に比べて圧倒的に薄い。一方で、こうしたジョークは高い教育を受けた層によって話されていると言う事実がある。
 つまり、チャンスさえあれば自分も首脳陣の仲間になっていた(なっているべきだ)と言う感情が、かかるジョークを生んだというわけである。

サイボーグ:

 開戦に備え、外惑星連合軍の首脳陣は脳に機械を埋め込みその能力を最大限に高める手術が行われることになった。次々と手術が行われ、ついにミッチナー将軍の番になった。
「ドクター、私の手術は特別に頼むよ」
「なにか希望でも?」
「電磁波の影響を受けないようにしてもらいたい。おかしな電波でも照射されたらかなわんからな」
 18時間におよぶ手術の結果、ミッチナー将軍もサイボーグとなった。
「ドクター、非常に良好だよ。ところで電波対策はどう処置してくれたんだね。やはり特殊なシールドだろう」
「いえ、真空管を使ったんです」

名将:

 ある日、ミッチナー将軍のもとにナポレオンとネルソン提督が尋ねてきた。聞けば戦争について質問したいという。歴史に残る名将二人の申し出にミッチナー将軍は感動した。
「まず、この戦争で奇襲をかけたのは君の方だね?」
「ああ、そうだ」
「戦争の進展にともなって多くの敵フリゲート艦を撃破した。これもいいね」
「もちろん」
「しかるに君の側が失った正規フリゲート艦はただ一隻だったんだろ?」
「まあ、そうなるだろうな」
「なぁ、ミッチナー、なぜ負けたんだね?」

悲観論者と楽観論者:

 地獄の業火のなかを二人の外惑星市民が苦しんでいた。楽観論者が言う。
「ここはひどいところだけど、ただ一つの救いはこれ以上悪化しようのないことだな」
 それを聞いて悲観論者が首をふりながら言う。
「いや、まだまだ悪くなれるさ。見ろ、ミッチナー将軍だ」

敗軍の将:

 天国で敗軍の名将達が自分達が敗北した理由を分析していた。
 山本五十六将軍が言う。
「やはり、ミッドウェイの海戦が最大の原因だな」
 ナポレオンが言う。
「あの時にウエリントン公爵が現れたのが敗因だろう」
 ミッチナー将軍が言う。
「知らなかった、我々は負けていたのか・・・」

食料備蓄:

 開戦も時間の問題となったある日、ミッチナー将軍は主計局長を呼びだし食料備蓄の状況をただした。
「局長、率直に言って、我々の食料備蓄はどれくらいあるかね」
「そうですね、ざっと見積もって3月ですね」
「たったの3月か。それは外惑星連合全体でかね、それともカリストだけのことかね」
「将軍、何をおっしゃってるんです。我々と言ったらあなたと私ですよ」

家族の絆:

 国民に親しまれるために,ミッチナー将軍の両親がTVに出演することになった。
「奥様,息子さんに関してもっとも嬉しかったのはどんな時ですか?」
「そうですわね。やはりカリスト軍に入隊したことかしら」
「なるほど。父親としては息子さんに関して嬉しかった思い出はなにかございますか?」
 キャスターの質問にミッチナーの父親は答えた。
「息子が生まれたときに妻から,あなた許してあの子は本当はあなたの子供じゃないの,と告白されたときかな」

スフィンクス:

 地球のある地域にはスフィンクスと言う怪物が住んでいる。こいつは旅人が通りがかると謎を出し,その謎が解けない人間を岩山にぶつけて殺してしまうと言う。
 ある時,我らがミッチナー将軍がスフィンクスのそばを通ると,奴はさっそく謎をだした。
「朝は四つ足,昼は二本足,夕方には三本足のものはなんだ?」
「それは人間だな。じゃあスフィンクス君,私の謎が解けるかな」
「どんな問題か言ってみろ」
「どうすれば私の指揮する外惑星連合軍が航空宇宙軍に勝利できるか?」
 スフィンクスは岩山に頭をぶつけて自殺してしまった。

フェルマーの定理:

 戦況が悪化するにしたがい,ついにミッチナー将軍は悪魔の力にたよることにした。呪文に呼ばれた悪魔に将軍は言う。
「さぁ,私の魂と引き換えに外惑星連合軍が勝利する方法を教えてくれ」
 困った顔の悪魔が答える。
「将軍,フェルマーの定理を教えるのじゃいけませんか?」
(フェルマーの定理は最近になって解かれました。っけ?)

殺人アライグマ:

 小型貨物船のパイロットであるアレクセイはミッチナーと言うアライグマをペットにしていた。あるときペットが餌を器用に洗っているのを見ると,ふと彼はミッ チナーに自分の船の操縦を教えることを考えた。そこで冗談でコクピットに座らせた。だがアライグマに宇宙船の操縦ができるわけがなく,船は近くの大型客船に衝突してしまった。天国の門でアレクセイは自分のいたずらがまねいたことを心から反省し,天国への道を許可された。
 アレクセイの次にきたのはセールスマン風の男だった。男は天使に説明する。
「信じてもらえるとは思いませんが,私の船室にアライグマが操縦する宇宙船が飛び込んできたんです」

夜の街:

パリの夜、 街燈の下には派手な化粧の女が立っている。
NYの夜、 街燈の下には派手な化粧の男が立っている。
木星の夜、 街燈の下の派手なポスターにセルフサービスと書いてある。

古典物理と量子力学:

古典物理 外惑星は絶対に勝てない。
量子力学 外惑星は10中8、9勝てない。

 さてこれほどミッチナー将軍のジョークがありながら、じつは反戦ジョークと言う物がほとんど存在しないと言う事実に注意しなければならないだろう。
 いままでのジョークの内容を検討しても分かるように、それらが批判しているのは戦争のやり方(もしくは時期)であって、戦争ではない。
 先にジョークの多くが高い教育を受けた層によって作られたと言う事実を指摘したが、つまりそのような外惑星社会上層においては外惑星動乱そのものはむしろ必然と思われていたのである。
 遅かれ早かれ、航空宇宙軍と外惑星連合との衝突は避けられず、そのためには軍備は必要である。これが彼らの基本的な認識だった。そうでなければSPAが戦後20年もたって活動するなどといった事があるわけがないのである。
 同時に、首脳部批判とは外惑星動乱敗北での自らの責任(つまり市民の責任)を認めていない事を意味している。総力戦の時代に戦争に責任のない市民など存在しない。だが、そもそも戦争そのものは不可避と考えている彼らに、戦争責任など無意味なのかもしれない。
 これらの複雑な感情は、旧ミッチナー邸に書かれた次のような落書が端的に示しているだろう。


ミッチナー将軍は死せり
彼は早すぎた開戦の結果
早すぎた死を迎えた

 

カリスト政府広報

 ミッチナー将軍の本名(フルネーム)はなんでしょうか。
 作品中のどこにも記されていませんので、不明としか言いようがありません。ただ、なぜが、人外協内部では、「アレキサンダー・ボナパルト・ミッチナー」との説(希望?)がもっとも有力です。(谷甲州先生に確認をとったわけではありません)




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