俺の友人がカリストの国境警備隊にいた時に聞いた話だ。そいつと同じ小隊のガルシアが、ある日、宇宙バイクに乗って故障した通信衛星の修理にいったんだ。
まぁ、ガルシアだってそんな仕事やりたくはなかったけどよ、カードで負けがこんでたからしょうがないよな。
で、そこらへんにころがしてある、誰のかよく分からないヘルメットと宇宙服を着て出て行ったんだ。
ほんとは修理にはちゃんとサポ−トがいなきゃいけないんだが、衛星の修理程度にサポ−トなんて現場じゃやらないんだよな。
だからシャトルからバイクに乗っていったのはガルシアだけだったんだ。まぁ、無線は当然つけてたがね。
ところがどうしたわけか、奴は衛星に近づいても減速もしないし、だんだんとあらぬ方向にとんで行くわけだ。
モニターで見てみるとよ、奴はバイクの上で道具箱振りまわしてるんだよな。
なんたって道具箱の慣性があるから、バイクもおかしくなる道理よ。
シャトルからの呼び掛けに奴は「おい、これ誰の服だ。宇宙服に蝿がいるぞ」と言うんだ。まぁ、規則では手入れしろとなってたけど、面倒なんだよな宇宙服って。それだから蝿がまぎれたんだ。
しかし、意味が無いと分かっていても、人間は虫を手で払おうとするんだな。奴もすっかり逆上して、仕事どころじゃないんだな。
それでもしばらくは、蝿と格闘してるようすが聞こえてたんだが、急に静かになったんだ。どうしたって聞くとよ「おい、こいつ卵産みやがったぜ。俺の鼻に・・・」
そこまでしか答えなかったそうだ。無線の有効距離を越えてしまったんだな。
シャトルには追跡できるだけの推進剤は残ってないし、結局なんだかんだでガルシアのバイクを回収出来たのは10日後だった。
で、ガルシアか? 宇宙服のヘルメットを開けたとき、服の中から無数の蝿が出てきたんだとさ。骨もなかったそうだ。
この「宇宙服の虫」は外惑星での都市伝説としては比較的有名な話である。この話の主人公はカリスト国境警備隊のガルシアとなっている。
だからといってカリスト国境警備隊に行き、ガルシアなる人物を捜そうとしても、それは徒労に終わるだろう。
あるいは、幸運にもガルシアなる人物にめぐり会えても、彼はこの話との関連を否定するに違いない。
むしろ「そう言えば俺がここに来るまえにアレクセイという人がいて・・・」と同じ話を語るかもしれない。
つまりこの話においては主人公ガルシアの名前は[埼玉県在住
24才 自由業 阪本雅子(仮名)]と同じ程度の意味しか持たないのである。
事実、この話はタイタンやガニメデ、トロヤ群でも存在が認められているが、主人公の名前はアレクセイであったりシャンティであり、ガルシアとは限らない。
しかし、重要な事は、この話のいかなるバ−ジョンにおいてもアングロサクソン系の名前が出てこない点にある。興味深い点がもう一つある。この話はカリストが舞台になっているが、本テキストが記録されたのはガニメデにおいてであった。
そして、カリストで記録されたバ-ジョンでは舞台はタイタンに変わっていたのである。
つまり、自分たち以外の外惑星領域で非アングロサクソン系の住民が遭遇した事故というのが、この話の共通したパタ-ンである。
これらの事実は話の中で舞台となったカリスト国境警備隊の仕事内容や、規則に対するル−ズさ、および宇宙服の取り扱いに関する不手際ぶりを考えるとき意外に深刻な内容を背景にしていることがわかる。
特に地球と異なり空気さえもコストがかかる外惑星の都市において、宇宙服の取り扱いは生存のための必要不可欠な知識である。したがって、外惑星領域において宇宙服も満足に扱えない人間というのは、知的能力を疑うに十分な根拠となりうる。
ここで描かれている非アングロサクソン系の人間は、たいした難しい仕事をするわけでもなく、規律を守る事もできず、しかも宇宙服も満足に扱えない、知能の劣った連中なのである。
しかも、蝿とのからみから言外に、非アングロサクソン系の人間が不潔であるかのようなイメ-ジを匂わしている。
前に、この話には幾つかのバ-ジョンが存在する事をのべたが、詳細に検討を加えてみると、それらの発祥は外惑星でも最も古い都市部に集中する事がわかった。
また、この話ができたと推定される時代は、外惑星諸都市が急速に拡大した時代であることも判明した。
この時期は、同時にアングロサクソン系の住民の比率が急速に低下した時期に一致するのである。
現在の外惑星諸都市に、あからさまな人種差別は存在しない。しかし、元をただせば地球に由来する民族間の偏見が簡単に消えさるものではないことを、この話は暗示しているのである。