艦船攻撃用爆雷の一。自前の推進システムと、簡単な航法用AIを持つ。
宇宙空間における面制圧兵器(→「宙戦の概念」参照)の構想は古くからあったが、外惑星動乱(→その項参照)で使用された機動爆雷の沿革は、直接には2090年代初期以上には溯れない、というのが通説である。
この兵器の着想が、航空宇宙軍、外惑星連合軍のどちらで早く得られたものかは、現在に至るまで諸家の論の一致を見ていない。相互に独立に得られたというのが、真相に近いようである。大まかには、航空宇宙軍の機動爆雷は艦船用投射ミサイル(→「宙戦用兵器」参照)の高機動化であり、外惑星連合軍のそれは宙域封鎖用の射出機雷を動力化したもの、といい得るだろう。その結果、この戦役中に使用された両軍の機動爆雷は、ハードウエアの点では大きな相違はない。
外惑星連合軍における機動爆雷の開発経緯については未だ不明の点が少なくない。
従って、以下には航空宇宙軍側の開発史について簡単に記す。
外惑星動乱の勃発直前まで、航空宇宙軍は艦対艦の戦闘はレーザ砲戦によるものと、一般に考えてきた。軍令部(→その項参照)のこの「誤解」の最大の理由は、当時、航宙艦のステルス性(→「航宙艦の特殊艤装」の項参照)が余りに過大評価されていたためである。
航空宇宙軍は、外惑星連合軍の仮装巡洋艦(→その項参照)の通商破壊作戦が、基本的には航路上での「待伏せ」戦術によるものであると信じていた。この場合、仮装巡洋艦の側には、予め敵船団の取る軌道は概ね判っている。従って、仮装巡洋艦の「待伏せ」は、熱線及び搬送波領域の電磁輻射を極端に落とした状態でなされるはずである。航空宇宙軍側艦艇は、船団護衛にしろ航路警備任務にしろ、そうした「冷たい」仮装巡洋艦の所在を予め察知することは、おそらく不可能に近い。航空宇宙軍側の艦艇に要求されるのは、敵の第一撃に耐え得る防禦力と、即座に敵の攻撃に対して反撃し得る(接敵の時間は非常に限られたものになるだろうから)柔軟な戦闘管制システムであった。そのような戦闘局面を想定した場合、艦艇の兵装の主力は、反応の早い(つまり高速で遠達する)ものである必要がある。つまりレーザー、及び高速の粒子ビーム兵器である。
爆雷型の兵器を敵が投射した場合、「待伏せ」戦術を取ったとしても、爆雷自身は航宙艦ほど高いステルス性を持つわけではないから、起爆以前に射出を探知されてしまう可能性が大きい。当時(2095、6年頃)の機動爆雷の最大加速は20〜30G程度であった(航空宇宙軍の制式の艦船攻撃用投射ミサイルがその程度の性能だった)から、軌道変更によってかわすことが十分可能である。よって、爆雷は重大な脅威とはなり得ない−というのが、軍令部の公式見解だった。(だが既にこの頃外惑星連合は80Gを越える超高加速度を持つ機動爆雷を実用化していた)
だから宙戦を決定づけるものは、砲の先制第一撃であるとされ、初弾必中の能力が戦闘艦の戦力をはかる最大の目安となっていた。
にも関わらず、艦政本部(→その項参照)が2090年代初期からの10年近くの間、連綿と機動爆雷の研究を続けていたのは、当初は、航空宇宙軍が爆雷を使用する局面を想定していたからではなかった。
もっとも大きな理由は、対外惑星戦争の最後の局面、つまりガリレオ衛星群及びタイタンへの航空宇宙軍の侵攻に際して、敵が最後に引いているであろう防禦ラインが、爆雷の隊列であると予想されたからである。つまり航空宇宙軍側の機動爆雷開発計画は、外惑星側が将来開発するであろう兵器・戦術のシュミレーションの一環だった。最終的な目標は、外惑星側の機動爆雷に対する有効な対抗手段を得ることにあったのだ。
もっとも、艦政本部の出した結論は、非常に単純なものだった。機動爆雷に対するもっとも有効な対抗手段は、同じ機動爆雷を使うことだったからである。
以上のような経緯をたどったため、航空宇宙軍の機動爆雷は当初から高速で機動する小目標の撃破を前提としており、加速性能、及び探知システムの充実がはかられた。だが、必然的にサイズは大型化した。艦船攻撃用のものとは別に開発された最初の対爆雷用機動爆雷は(2097年後半に完成したといわれる)、射出質量が250トン以上、大きさは小型の哨戒艦ほどもあった。これでは在来艦に搭載することなど思いもよらない。艦政本部では一時真剣に専用の機動爆雷投射母艦の建造を検討したほどである。
[なお、艦政本部では、艦船攻撃用の投射ミサイルの改良型をも「爆雷」と称していたために今日に至るまで用語に混乱があるが、「攻撃」と名のつくものの、これは純然たる小型艦用の防禦兵器である。砲の威力で劣る小艦が仮装巡洋艦クラスの敵艦と遭遇した際に、敵に対して防禦スクリーンを張るのが目的の兵器である。その破片は、敵にダメージを与えるというよりはむしろ、敵の進路を変更させるために用いられるのが普通である]
その後種々の改良を重ね(主に破片の散布システムが変更されたといわれている)、最終的に射出質量100トン程度のものが完成、2098年度に制式採用となった。(ただし、制式採用の時期については異説がある)
以上のような経過をたどって、機動爆雷は航空宇宙軍の艦艇に装備されたが、開戦時の配備数は2000発前後であったと推測されている。うち実際に艦船に搭載されていたのは1/4程度だった模様である。
終戦までの総生産数は、信頼出来る統計によると、1万5千発を越えるという。それらのうち、実戦で射出されたものは3000発前後であろう。一般に外惑星動乱で航空宇宙軍側が投射した爆雷の数は1万とも3万ともいわれているが、それらの大半は投射ミサイルであることが判る。
なお、戦後投射ミサイルは(加速性能の低さから)ほとんど姿を消し、対爆雷用機動爆雷系のものが、航空宇宙軍の主力となった。50Gそこそこの加速性能しかない投射ミサイルが、戦後5年を経ずして航空宇宙軍の制式から外されたのは、当然といえる。(今では、衛星軌道高度の一部の保安用艦艇が、対密輸船用に装備している程度である)
機動爆雷の外形は単純な円筒形である。直径は約5メートル、全長は約20メートルである。
射出質量は約100トン、質量比は5であるから、推進剤を除いたシステム質量は20トンである。うち、弾頭の質量は15.7トンである。
機動爆雷は破片を円状(球状に、ではない。爆散の方向にある程度の指向性をもたせてある)に散布し、そのスクリーンに敵を接触させることにより、破壊するものである。
破片の散布密度は、爆散同心円の半径が10キロメートルの時で、1平方メートル当たり2個、破片一個当たりの質量は0.025グラム、従って破片の総量は6.28×108乗個である。破片は比重8前後の金属片であり、長さ30センチメートル、直径0.35ミリメートルの、極めて鋭い針状のものである。
この破片が毎秒200キロメートルで目標と衝突した場合、破片一個の単位面積当たりの圧力は、5×1012乗ダイン/平方メートルに達する。これは、火薬発射式の直径100ミリ固体弾がもたらす単位面積当たり圧力の約12倍の数値である。なお実際の戦闘相対速度は秒速一千キロメートルに達することもあったが、この場合の破壊力は、当然、前述のさらに25倍となる。爆雷の破壊力が戦闘相対速度の二乗に比例して増大していくことは、宇宙戦闘において真っ先に念頭におかれなければならない。
高速で航宙艦の外壁に着弾した破片は、クラックの形成速度が破片の速度に追い付かないため、その運動エネルギーの大部分が瞬間的に熱と衝撃波に変る。気化による爆圧の力も加えて外壁に穴を開け、また二次破片を内部にまき散らして被害を与える。もちろんセンサなど外装せざるを得ない機器類が直撃を受けた場合、その破壊を免れることは不可能である。
航宙戦闘艦は、長期の航宙に備えて推進剤を大量に積載せざるをえないが、これは局所的に熱されることによって爆圧が生じやすい。またタンカーの主要貨物である重水素類は極低温で液化されて保持されているが、これも高熱によって巨大な爆圧を容易に生じる。事態がここまで至った場合はたいてい、その艦は撃破されるか戦闘能力を失う。
推進剤が爆発に至らなくても、衝撃波や二次破片による伝導パイプや制御系回線の寸断は容易に生じる。また<爆風>や二次破片や衝撃波によって艦内機器や構造物の破損、がしばしば生じ、場合によっては人員が殺傷されることもある。
なお、弾頭の起爆には推進システムと同様の分裂系の核爆薬が使用される。起爆用炸薬の威力はTNT換算で約80トンである。この爆発によって、破片は毎秒約1キロメートルの速さで、爆雷の推進軸線を中心とした同心円状に拡散を始める。有効打撃半径は約50キロメートルを目安とする。爆雷の破片散布には指向性を持たせることが可能であり、それが機動爆雷の戦術的柔軟性を支えているともいえるが、具体的なパターンその他は当然のことながらほとんど公表されていない。
推進システムは、分裂系の核パルス推進である。費用対効果を考え、ある程度効率を犠牲にしてある。
推進剤には、固形のH2O(つまり氷)を使用する。推進剤の総量は約78トン、推進は170秒ないし180秒に渡って持続するから、1秒当たりの氷の噴射量は約450キログラムである。推進開始直後の爆雷の加速度は100G(つまり推進システムの推力は1万トンである)であり、推進剤の噴射速度は毎秒54キロメートルである。以上の数字から明らかなように、ノズルから噴射される推進剤のうち、爆雷本体を加速するのに有効な仕事をしているのは、全体の40パーセント程度に過ぎない。これは、商業宇宙船の推進システムとしては全く失格であるが、構造が非常に簡易であるため、将来においても爆雷の推進システムとしてはこのような核パルスタイプの推進システムが採用され続けるものと思われる。
推進剤加速用の核分裂物質の総量は、約1.6トンである。前述したように、弾頭の起爆用と同様の物質が使われているものと推測されるが、おそらく超ウラン元素のひとつと思われるものの、具体的な元素名などは一切不明である。[一説には、硬X線バーストによる人員の殺傷効果を企図した、「汚い」弾頭を有するタイプもあるという(ただし真偽不明)。]
最終加速は500Gにまで達するが、加速時間が短く、推進剤噴射速度が極めて低いため、最終到達速度は毎秒80キロメートル程度に過ぎない。もっとも、機動爆雷は破片の威力を増大させるために自身を加速するのではないが(これについては後述する)。
パルス推進システムには衝撃反射用のプレートが必須だが、機動爆雷のプレートは射出時には折り畳まれており、加速開始に際して初めて展張される。形状は単純な、平面の円形である。曲面のものに較べて効率はかなり落ちるが、折り畳みの機構が簡易になること、放射線防禦をほとんど考慮しなくてもよいことから、このような形となった。
射出は、通常搭載艦の磁気カタパルトによって行われる。カタパルトの型式は艦の大きさによって異なるが、カタパルトとの接合部は全て共通である。機構としては、これも単純なもので、爆雷の外板に突起した部分にカタパルトのシャトルを繋ぐだけである。結合は、電磁気的なものではなく、「テンション・バー」と呼ばれる一種の鋼鉄索を嵌め込むことによって行われる。
機動爆雷の戦術は極めて多岐に渡るが、ここではひとつだけ典型的なものを紹介する。
機動爆雷がもっとも大きな戦果を挙げたのは、外惑星連合軍の「仮装巡洋艦作戦」においてだった。
この時の外惑星連合軍の作戦は、「待伏せ」戦術の典型といえるものである。基本的には、外惑星に侵攻してくる輸送船団を迎撃する際、船団の軌道を、ある径を持つ筒状の空間としてとらえ、爆雷をその径を横切る方向に射出するのである。仮装巡洋艦を筒の周囲を包囲するように環状に配置して、タイミングを合わせ全艦が一斉に爆雷を射出すれば、船団の前面に巨大な爆散同心円のスクリーンが張られることになる。船団が、スクリーン突入までに筒状の空間を抜け出るまでの(進行方向に対して直交する平面上での)加速力を持たぬ限り、船団は確実にスクリーンにとらえられる。
これが、戦役の初期、「輸送船団の墓場」として怖れられたヒルダ群小惑星宙域で外惑星連合軍が取った戦術であった。[その他に2099年の年末に同宙域で行われた、仮装巡洋艦隊最後の大作戦も、この戦術の変形であったとされる。]
注) 以上は、2103年4月に、地球のパシフィック・ミリタリイ・レヴュウ社の発行した『軍事史小百科事典』(Encyclopedia of Military History,Edit by T.Homae)の初版より引用したものである。
爆雷は通常、弾頭部、推進部を分離して格納するのが普通である。弾頭部と推進部との結合は射出時に行われるが、これは格納時に攻撃を受けた場合、推進部だけを投棄することによって自艦の安全を図り、かつ攻撃力の温存をはかるためである(弾頭部だけを、一種の投射ミサイルとして運用することは可能である。ただし、あまり効果的な武器であるとはいい難いが)。
シャトルがカタパルトの径の終端まで行き、爆雷にかかるGストレスが最大になると、テンション・バーの物理的な許容限界を越え、バーが破壊することでシャトルと爆雷の分離が完了する。