いつか忍者になる日まで……

天羽[司法行政卿]孔明

 みなさんは、小さな子供の頃、「大きくなったら何になりたい?」と、世の大人どもから聞かれた経験はありませんか? で、そのように聞かれた時、何と答えたのでしょう。ほとんどの男の子は、パイロットや、医者や、学校の先生などになりたいと答えたのではないでしょうか。又、女の子ならば、やっぱりお嫁さんとか、看護婦さんとかになりたいと思うのかな?・・・。ぼく自身も、子供の頃からいろんなものに憧れていたのですが、どうもその対象となるものが、すこしほかの子供達とは違っていたようなのです。と言うのも、ぼくがなりたかったものは、魔法使いであったり、探検家であったり、はたまた海賊であったりしたのです。もちろん、みなそれぞれにちゃんと理由があるのですが、なかでも、ぼくがもっともなりたかったものは、忍者だったのです。
 いったい何時からそんな風に思うようになったのかはよく憶えていないのですが、小学校の一年生の頃には、もう「忍者になりたい!」と答えていたようなのです。
 今あらためて考えるに、そんなふうに思うようになったのは、テレビマンガで見た『少年忍者・風のフジ丸』や、父親から寝物語で聞かされた、『自来也と大蛇丸』の話や、『猿飛佐助と霧隠才蔵』の話などが原因ではないかと思うのです。
 そんなわけだから、「ぼく、大きくなったら忍者になりたい!」と言った時、他のみんなが、「なにをバカなことを・・・」とか、「やっぱり子供やなぁ・・・」とか言ってる中で、唯一、父親だけが、「そうか、頑張れよ」と言って励ましてくれたのです。
 それでもさすがに小学校の6年生になった頃には、心の中では《いつか必ず忍者になってやる》と誓っていながらも、口では人並に、「画家になりたい」とか、「カメラマンになりたい」と言うようになりました。ただ、その時父親が、「なんや、忍者になるのはあきらめたんか・・・」と、すこしがっかりしたようにそう言ったのを、今でもよく憶えています。
 その父親ももう亡くなりましたが、実はぼく、本当は、今でも忍者になりたいのです・・・。
 そんなわけで、忍者になるための修行というのも、それこそ真剣にしましたよ。
 教科書はおもに、白土三平の書く一連の忍者漫画でした。
 白土さんの作品は、忍術の種明かしや、忍者修行のあれこれなんかがけっこう載っていて、かなり役立ったものです。ほかには、中学校の頃に古本屋で買ってきた『万川集海』なんかも、何度も何度も読み返し、修行に役立てました。又、自分なりに考えた修行方法も、ずいぶんあります。
 今回は、そんなぼくの忍者修行の事を、ちょいと簡単に書いて見る事にします・・・。

 一番最初にした修行は、“濡れた障子紙の上を素足で歩く”というものでした。この修行をすると、体重をかけずに道が歩けるようになり、歩くときの足音をかなり小さくすることが出来るようになります。本来ならば、“麻の種を植えて、その上を毎日飛び越える”という、ジャンプ力をつける修行の方を先にすべきだとは思うのですが、残念なことに、麻の種が手に入らなかったのと、仮に種が手に入ったとしても、それを植えるような場所がなかったために、前記の、“濡れた障子紙の上を素足で歩く”という修行を始めたのです。これだと、修行の為の材料も簡単に手に入るしね。
 さて、具体的な修行方法は・・・、といっても、そのまま読んで字のごとしなんですよね。まぁ、しいていうなら、始めはすこし厚い紙で練習をし、やがて障子紙のような薄い紙の上でも歩けるようにするのです。もちろん、ただ歩くだけではなんの修行にもなりません。この、濡れた障子紙を足の裏にひっつけて破らないようにしなければならないのです。この修行、簡単そうに見えて、以外と難しいんですよ、うん。
 ぼくの場合、ゆっくりと5メートルほどの距離を歩けるようになるために、およそ一年近くもかかってしまいました。普通のスピードで歩けるようになるまでは、それよりさらに、半年近くもかかってしまったんですから・・・。それでもそのかいあって、今だに、ぼくの足音は小さいです。ちゃんと意識さえしていれば、砂利道でも、かなり足音を小さくする事ができます。いつだったか、アルバイト先の女子社員から、足音を立てずに近づくと言って不思議がられた事もありました。でもぼく、けっして変質者じゃないですよ(えっ? 事実じゃないの?!  嫁・談)。
 その昔、“伊賀の四貫目”という忍者は、この術にたけていて、水の上に浮かべた青竹の上を走り抜け、水に波紋を残さなかったとか、他人の網笠の上に飛び乗って、その体重を、落ち葉ほども感じさせなかったと言います。
 まぁ、なんです。網笠の上うんぬん・・・というのは、どう考えても無理だと思うのですが、青竹うんぬん・・・の方は、なんとなく出来るんじゃないかと思いませんか? もちろんぼくも、高校時代に学校のプールで試してみたのですが、結果は、一歩も無理でした。はい。

 次にした修行は、“目隠しをして地面に座り、自分から2メートル以内の所に木綿針を一本落とし、その音を聞いて、落ちた場所を当てる”というものです。
 この修行は友人の協力が必要なのですが、幸いにも、ぼくの修行に、馬鹿にしながらも手伝ってくれる友人がいたのです。いやほんと、助かりました。
 この修行も、いきなり木綿針では無理なので、始めは拳大の石を落としてもらって練習しました。なんだかんだで、これも一年程もしたでしょうか・・・。成果の方は、アスファルトの上にさえ落としてもらえれば、かなりの確率で、“一円玉”の音ならば当てられるようにまでなりました。でも、土の上では、拳の半分ぐらいの石がやっとこだったのです。結構難しいものなんですよ。
 この修行は、もっと続けたかったのですが、手伝ってくれていた友人が、引越ししてしまったのです。他の友人にもあたってみたのですが、誰一人として手伝ってくれる者はいませんでした。まったく、残念でなりません。
 ところで、この修行をしたおかげで、ぼくは昆虫採集が大変巧くなったんですよ。というのも、蝉時雨の中で、一匹だけの蝉の泣声を聞き分けてその場所を見つける程度の事ならば、簡単に出来るようになったためです。他にも、幾つかの音楽を同時に聞いて、5曲ぐらいならばその曲名が当てられるようになったり、はたまた、何人かが同時に喋っていても、その内容を聞きわけられるようになったんです。もちろん、キッサ店なんかで、離れたテーブルに座っている人の会話なんかも、楽に聞き取れます。いやはや、なかなか便利便利。でも、重ねて言いますが、ぼく、本当に変質者じゃないですよ(いやいや、これは絶対あやしい・・・ 嫁・談)。

 ほかにも、数々の修行をしています。
 平均台の上を走って渡るなんていうのはあたりまえで、直径2メートル程の円を描くように煉瓦ブロックを並べ、その上を歩く修行もしました。この修行方法は、とある本に書いてあったので試してみたのですが、これもまた、簡単そうに見えて、ずいぶんと難しいものでした。すぐに、煉瓦ブロックが倒れてしまうんですよ。
 そういえば、先日読んだ中国拳法関係の漫画の中で、これとまったく同じ修行をするシーンが載っていました。ちょっと懐かしかったです。はい。

 他には、家の近くにある竹薮へ行き、そこの竹によじ上って揺すり、隣の竹に飛び移る修行(2度ほど下に落ちたっけ・・・)や、公園などによくある、梯状の器具の上を歩いたりもしました。ちなみに、これをしていて、この器具の上から落ちて怪我をした生徒がいたので、小学校では危険な遊びとして、やってはいけない事になってしまい、もっぱらぼくは、近くの児童公園でやってました。
 まぁなんです。忍者修行には危険がつきものですからね。

 さらには、そうですねぇ・・・。直接修行とは関係無いかもしれませんが、薬草や毒草の勉強も、学校の勉強以上にしましたっけ・・・。
 それから、それからっと・・・。隠遁の術(石や樹になるように念じて、気配を消す術)の修行や、“臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前”と手印を結んで九字を切る方法も練習しました。
 そうそう、将来忍者になれた時のために、名前も考えましたっけ・・・。“陽炎の天”って言うのですが、近頃では、パソコン通信の中などで、時々この名前を使ってたのしんでいます。
 忍者の名前といえば、小説やマンガの中に、結構いいのがありますよね。中でもぼくが好きなのは、横山光輝の『伊賀の影丸』の中に出てくる、“梟の甚内”というのが一番です。この忍者は、作品の中ではあまりたいした役割はしなかったのですが、その、登場シーンがすごくかっこよかったので、忘れられません。他には、白土三平の『忍者武芸帳・影丸伝』のなかに出てくる“無風道人”や、先程の『伊賀の影丸』に出てくる“不死身の忍者・天野邪鬼”なんていうのもいいですよね。
 あと、あちこちの忍者村や忍者屋敷なんかにも随分出かけて行きました。甲賀忍術村や、伊賀・忍者の里はもとより、砂神一族や赤影のふる里を訪ねて、奥飛騨にまで行った事もありました。他にも、風魔一族のふる里を訪ねて各地の修現場へ行った事もあります。長野県の地獄谷や戸隠、それに、熊野山中や山陰の方なんかにも行ったっけ・・・。たぶんこれからも、まだまだあちこちに出かけて行くと思います。
 忍者の武器についても、色々と調べました。とくに、隠器という武器が好きで、それをもとめて各地の古道具屋にもいきました。今も手元にいくつかの隠器をもっています。
 ちなみに隠器というのは隠し武器の事でして、“007,ジェームズ・ボンド”が持っている武器みたいなもんです。手裏剣なんかも、隠器の一種です。
 では、その手裏剣について書いて、この冒険譚の最後とする事にしましょう。

 手裏剣には、オーソドックスな十字手裏剣や八方手裏剣や棒状手裏剣などの他にも、四角、六角、星形、菱形、卍形などなど、さまざまな種類の物があります。
 そう言えばぼくも、手裏剣投げの修行をずいぶんしましたっけ・・・。
 はじめは、十字手裏剣や四角手裏剣などを自分で作り、それを投げて満足していたのですが、何時の頃からかそれでは物足りなくなってきて、棒状手裏剣を投げる修行を始めたのです。
 棒状手裏剣と言っても、実際の物は作れないので、もっぱら五寸釘やフルーツナイフ、それに、千枚通しなんかを投げて修行としました。あっそうそう、言っておきますが、けっして他人に迷惑をかけるような危険な場所で修行をしたわけではないので御安心下さいませ。もっぱら家の近くの山へ行き、岩壁や、古くなって放置されていた畳や、山の中に落ちていた板を立てかけてそれへ向
って投げていたのです。で、成果の方なんですが、これがあーた、なかなか難しいんですよ。
 なにが難しいって、もーとにかく、まるっきり真っ直ぐに飛んでいかないんですわ、はい。どーしても、クルクルと回転してしまって、目標物にたいして横向きにあたるんですよ。
 それでも、何度も何度も修行をしている内に、十回に一回ぐらいは、斜めになって、かろうじて刺さっているようになってきたのです。
 でもぼくは、そんなものでは満足しませんでした。さらに何度も修行にはげんでいる内に、どのぐらいの距離で、何回転ぐらいするかがわかってきたのです。で、目分量で距離を計り、その距離によって手裏剣の持ちかたを変える事に思い至ったのです。これでようやく、十の内、七〜八回はまともに目標物に刺さるようになってきたのです。
 さて、しばらくはそれで満足していたのですが、やがて、それさえも物足りなくなってきました。と言うのも、漫画などに出てくる棒状手裏剣は、まったく回転せずに飛んでいるように書かれてあるし、サーカスなどのナイフ投げが投げるナイフも、やっぱり真っ直ぐに飛んでいる事を知ったためです。それに、ぼくのするように距離を計って回転させながら投げていると、目標物に刺さった時の威力は半減するし、投げる棒状手裏剣によっては回転の仕方が変るので、なかなか大変なのです。
 再びぼくの修行が始りました。
 ところがどうしたものか、今度はなかなか思うようにいかないのです。それこそ、何年もかかって修行にはげんだのですが、やっぱりだめだったのです。真っ直ぐ飛ばすのは無理なのか、と、なかばあきらめかけて、ダーツの方へと興味が移り始めたある日の事、京都の古本屋で一冊の入門書をみつけたのです。本の名前は、『手裏剣術入門』とありました。驚きに震える手でパラパラとページをくってさらに驚きました。そこには、なななんと、あきらめかけていた棒状手裏剣の投げかたが書いてあったのです。しかも、真っ直ぐに飛ぶ方法がです。
 いゃぁー、うれしかったのなんのって、すぐにその本を購入して家へもって帰り、何度も何度もその本を読みました。
 そこに書かれてあったのは、『手首のスナップをつかって、手裏剣が回転するのとは反対の方向に力のバランスを加えてやる』と言うものでした。
 目から鱗を何枚も落として開眼してみると、実に簡単な事で、まるでコロンブスの卵とはこの事ではないかと思ったほどです。
 図解入りで書かれてあったので、さっそく実戦にうつしてみました。
 結果は、実にあっけなく真っ直ぐに飛んだのでありました。やったぁー!

 その後、頭上から振下ろす投げかたから、サイドスローやアンダースローの投げかたも憶え(ある映画のなかで、アンダースローの方がワンテンポ早く投げる事が出来ると言っていたため)、今ではぼくも、立派にナイフ投げが出来るようになりました。でもぼく、未だに忍者になれません。
 そこで今では、なんとか自分の息子を忍者にしようと画策している今日このごろです。 どっとはらい・・・。



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