青い夜

天羽[司法行政卿]孔明

 星あかりのきれいな夜だった。
 窓にかけたカーテンの隙間からもれる青い光が、しっとりと部屋の中を染め上げていた。
 その日ぼくは、寝る前に読んだ童話に興奮してか、なかなか寝つかれないでいた。
 それは、ちょうど三回目の寝返りをうった時だった。
 コツコツと、窓を叩く小さな音がしたのだ。本当に小さな音だったので、もう少しで聞きのがしてしまう程だった。
「なんだろう…」
 思わず口に出してそう言った。言ってから、なんだか照れくさくなって、毛布を口の所までたくし上げた。
「トントン……」と、今度は先程よりも、もうすこし大きな音がした。
 ぼくの中で、好奇心が勝った。
 ゆっくりとベッドを抜け出したぼくは、そっと窓際へ歩み寄った。
 カーテンの隙間からは、相変らず青い光がもれていた。
 期待と不安の入交じった気持ちでその隙間から窓の外を見ると、見慣れた町の風景がいつもと同じようにそこにあった。
 ただひとついつもと違っていた事は、街もまた、青く染まっていた事ぐらいだった。
 先程窓を叩いた物は、どこにも見当らなかった。おそらく風に運ばれた何かが、たまたまぼくの家の窓を打ったのだろう。すこし残念だったけれど、半面ほっとしていた。
「まっ、こんなものさ……」なんて、哲学者ぶったりして……。
「おい、はやくここを開けろよ」
 ベッドの方へ戻りかけた時、窓の外からそんな声が聞こえた。
 驚いて振り返り、もう一度窓の外をよく見てみると、身長が人差指くらいしかないような小人が二匹、窓枠の下の方にしがみつくように立っていた。
「早くしろよなっ」
「しろよなっ」
 二匹はそれぞれに言った。
 驚いたぼくがあわてて窓を開けてやると、その二匹は転がり込むようにして部屋の中に入ってきて、すっくと立ち上がった。
 キラキラと輝くなにかが二匹のまわりに舞った。
「よぅ、俺は火の妖精で、エフってんだ。よろしくなっ」
 炎の赤よりも赤い服を着た小人が、まず最初にそう言った。
「おいらは水の妖精で、エム」
 エムは、海の青よりも深い青色の服を着ていた。
「ぼ、ぼく。カリム」
 ぼくもつられて思わず自己紹介をしてしまった。
「えっ、おい、カリムだってぇ? カイじゃないのか?!」と、エフ。
「ないのかーーー」
 と、エムは、目をきょときょとさせながらそれだけを言って、ぼくとエフの顔を交互に見くらべた。
「う、うん、ぼく、カリム」
 ぼくは、もう一度自分の名前を言った。
「それじゃぁここは、レイン通りじゃないのか?」
 エフがあわててそう言った。
「のかーー」と、エムも言った。
「あぁ、それなら……。横町のブロウにある通りだ」
 ぼくは答えた。
「あいたっ。またやっちまった!!」と、エフ。
「まいたぁー!」とエム。
 二匹は、しばらく頭をよせあいながら何やらぶつぶつ言っていたが、ふいにエムのほうがぼくの顔をじっと見つめたかと思うと、もみ手をしなからこう言った。
「カリムだっけ? わりぃなぁ……。俺達、間違えちまったぃ。−−邪魔したなっ」
「したなっ」と、エムも続けてそう言った。
 言うなり二匹は、先程から開けたままになっていた窓から勢い良く飛び出し、ブロウとは反対の方向へとあわてて飛んで行った。
 ぼくは、体中からキラキラとしたものを撒き散らしながら星明かりの下を飛んで行く二匹の後ろ姿を眺めながら、あんなので、無事今日中にカイって人に逢えるのだろうか? と、心配してやった。
 二匹が飛び去った後の夜の街は、なにごともなかったように、青かった……。



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