アラビヤ焼きって知っていますか?

竹林[Nina]孝浩

 トルコライスやローメンといった、全国的ではないが、その地域ではきわめて一般的な料理というものが存在する。まぁ郷土料理の一種であるが、地方の名物とは異なり、全国的にはまったく知られていないにもかかわらず地元の人にとってはごく世間一般で食べられていると思い込んでいる点が、普通の郷土料理との大きな差異である。
 そんな食べ物のひとつに、「アラビヤ焼き」というものがある。熊本県あたりではごく普通の食い物らしい。ひょっとしたら九州あたりではメジャーかも知れないが少なくとも福岡出身の友人に聞いてみたら知らなかったので、やっぱり熊本ローカルな食べ物であろう。

●アラビヤ焼きとは
 私がアラビヤ焼きの存在を知ったのは、昨年入社してきた熊本県出身の男からである。彼は名古屋に来るまではアラビヤ焼きがごく普通の食べ物だと思っていたそうだ。
 「アラビヤ焼き」ネーミングからしてインパクトのある名前である。しかし、そのネーミングに反してまったく中近東とは無縁な料理である。このあたり「トルコライス」がトルコと無関係なのとよく似ている。ひょっとすると九州では中近東な地名を料理につける習慣があるのかも知れない。
 アラビヤ焼きは大雑把にいえば小さなお好み焼きのようなものである。サイズは大体CDと同じぐらいであるが、厚さはお好み焼きの倍ぐらいある。主原料は小麦粉、卵、キャベツ、ニンジン、そしてマトンではなく豚バラ肉である。トビウオでとった出し汁に卵と小麦粉を溶かし、焼酎、ショウユ、カツオ節を混ぜ、そこに千切りにしたキャベツ、ニンジン、豚バラ肉を入れ、よくかき混ぜて、鉄板で焼くというのが作り方である。焼き加減としては、表面はカリッと中はトロリというのが正しい焼き方らしい。
 お好み焼きとの最大の相違は、「ガワ」と呼ばれる薄いアルミ製の枠に流し込んで焼くことであろう。この枠に流し込んで焼くことにより、お好み焼きの二倍の厚さを実現できるのである。片面が焼けた頃にこの「ガワ」ごとひっくり返しもう一方の面を焼く。これにより表面がカリッとしているのに中はトロリという焼き方が簡単にできるのである。

●アラビヤ焼きの「ガワ」について
 「ガワ」とはアルミ箔のリボンを円形にしたものである。よく弁当などに入れるアルミ製の使い捨て容器があるが、あれの底をなくして、リング状にしたものだと思ってもらえば結構である。リボンは平らではなく強度を持たすために、波状に加工されている。熊本のスーパーでは大体二十個二百円ぐらいで、普通に売っているんだそうである。アラビヤ焼きはこの「ガワ」に包まれた状態で食卓に登場する。
 ここで熊本県民を二分割する宗教論争が発生する。すなわち、「ガワ」はいつはずすかという究極の命題である。食べる前にガワをはずし、ガワの内側についたオコゲの部分を最初に食べるコゲ前菜派と、中央から食べ始め最後に、ガワのオコゲを食べるコゲデザート派の争いである。どちらも自分たちの食べ方が正統派であると信じているため、しばしば熊本県民同士で大議論が勃発するのである。さらに問題をややこしくするのは、食前にガワをはずすものの、オコゲは最後に食べる反中華思想的コゲデザート派の存在であろう。反中華思想的コゲデザート派は少数主義ながらも「食べやすく、最後に美味しいところが味わえる」という現実主義から最近勢力を伸ばしているのだそうだ。
 ちなみに、「ガワの周りにこびり付いたオコゲみたいなもん食べない奴もいるんじゃないか?」と疑問を抱く人もいるとは思うが、熊本県民に言わせると、「ガワのオコゲを食べないなんて、ステーキの脂身だけ食って捨てるようなもんだ」ということなんだそうである。少なくともオコゲが一番美味しいという点では宗派を超えた共通認識になっているらしい。

●アラビヤ焼きファンダメンタリスト
 アラビヤ焼きがその形状からお好み焼きの亜流としか思えない我々にとっては、まったくの謎であるが、アラビヤ焼きに入れる肉類は豚に決まっているそうである。イカやエビを入れるのは邪道な行為なんだそうである。一方、野菜については結構許容範囲が広く、エノキダケ、ホウレンソウ、オクラ、山芋などを入れることもあるそうである。
 しかし、どこの世の中にも教条主義者というのはいるもので、アラビヤ焼きには、キャベツ、ニンジン、豚バラ肉しか入れないという人々もいる。彼らのことをアラビヤ焼きファンダメンタリストと呼ぶ。
 ファンダメンタリストがいる以上アラビヤ焼きにもバイブルが存在する。アラビヤ焼きのバイブルは天草郡新和町にて発行された「しんわコミュニティ」の昭和四八年十月号に掲載された「今日の晩御飯」のコーナーである。
 ここに載せられたアラビヤ焼きの作り方のみが正統な作り方であると主張する人々がアラビヤ焼きファンダメンタリストである。
 彼らはアラビヤ焼きにはキャベツ、ニンジン、豚バラ肉以外の具はいれないし、カツオ節は必ず荒削りのものを使用する。もちろん食べる時には、少々の紅ショウガとマヨネーズを添えることを忘れない。またこの時の材料の分量が四人前であったため、たとえ二人で食べる時でも必ず四人前で作るという噂である。
 現在アラビヤ焼きファンダメンタリストの内部では、「お好みに応じて」と記述された七味を入れる方が正統なのかどうかで内部分裂が起こっている模様である。

アラビヤ焼き(熊本)●付記
 先日、昼飯を食いに入ったお好み焼き屋で、アラビヤ焼きの話をしていたら、そこの店主が熊本の出身で、メニューにはないが食べたいなら作ってくれるとのことで、初めてアラビヤ焼きを食べる機会に恵まれた。
 食べた感じは、お好み焼きというよりはタコヤキに近いものであった。ガワのオコゲは確かに美味しく、焼酎のつまみに最適であった。ただし、話に聞いていたのとは違って、ネギが大量に入っていた。店主に言わせるとアラビヤ焼きにはネギは必須で、味の決め手はネギだそうだ。甘くなりすぎないように、ネギだけは焼いている途中で加えるのが秘訣だそうである。
 ちなみにここの店主は熊本でも阿蘇の出身で阿蘇ではこの作り方が正統なんだそうである。




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