チョコレートで敵を倒す方法

小野塚[SHINE]真

 「ちっ、どじった。」
 まさか、あんな反撃を受けようとは…。俺は脇腹を押さえながら壁にもたれ、腰を落とした。
 壁越しにあいつの気配を伺う。気配は…ない。それはそうだろう、完璧なヒットと言えないまでも、あの一撃を受けたのだ。あいつも無事でいる訳がない…。
 そう思いながら、深く息をついた。
 ジャケットのポケットに手を突っ込み、たばこを探る。
 たばこは1本も残っていない!ポケットの中でたばこのパッケージを握り潰す。
「くしゃっ」乾いた音がする。
 そう、こんなものだ。一番冷静にならなければいけない、こんな時にたばこはない。くそ、いったい俺がなにをしたというのだ。なぜ、こんな目に会う!
「静か…すぎる。」いまだ気配が感じられないのを不信に思いながら、何か武器になるものはないか俺はポケットの中をまさぐった。
 絶望的な気分になる。いや、自虐的な気分か。そう、武器なんて、持っている訳ない。俺は平凡な…
 何か黒い影が俺の目の前に落ちてきた。顔を上げて、見上げる。あ、あいつだ。
 口から汚らしい液体を垂らしながら、俺に一歩また、一歩と近づいてくる。
「あああっ…」情けない。俺は硬直しながら、動けずにいた。
 あいつが右手を伸ばす。
「くっ…」俺はあいつの右手で首を鷲づかみされ、持ち上げられていた。足をばたつかせて何とか、あいつの手から逃れようとする。
 視野狭窄を起こしながら、俺の手は宙を泳いだ。ジャケットの内ポケットの何かに…中指が触れる。無我夢中で俺はそれをつかんだ。
 それを鷲づかみにするとおれはそれを一気に内ポケットから引き出し、振り上げ奴の頭に叩き付けた。
 よしっ!
 確かな手応えを感じつつ、俺は宙を飛んでいた。
 奴は苦痛の余り、俺を放り出していた。尻餅をつく。「げほっ」俺はあらい息をしながら右手に握り締めた物を見つめた。スイートチョコレート*110kg板!10kgの板チョコ(業務用)が半かけ状態でそこに握られていた。
 奴が頭を振りながらたちあがろうとする。そこへ、半かけ状態になったスイートチョコレートを何度も叩き付けた。
「パキン!、パキン!」と奴に叩き付けるたび、チョコレートは奇麗に割れていく。奇麗に割れているため、奴にそれほどの衝撃は与えていないようだ。奴は何もなかったように立ち上がろうとしている。割れて手の中に申し訳程度にしか残っていないチョコレートを口にする。
「苦い、苦すぎる。」これは…。純良スイート*2ゆえに、奇麗にY型結晶*3が形成され、良好なテンパリング状態*4のチョコレートであった。良好なテンパリング状態のチョコレートは油脂結晶が揃っていて、パキンと割れ易い。だから、割れる時に力が分散して見た目のような派手な衝撃はない筈だ。手にしたチョコレートは純良チョコレートゆえに、原料油脂がカカオバター単体である為、奇麗にY型結晶化が進んだものに違いなかった。
 奴が立ち上がり近づいてくる。
「な、なにかないのか」俺の視界のすみに何かがあった。夢中で、それを奴の足元に滑らせる。奴はそれに足を滑らせ、転んだ。したたかに頭を打ち付けたようだ。
「それ」は誰かが、チョコバナナを作るのに使ったバナナの皮だった。チョコバナナ

「減点」

 俺は内ポケットから別の板チョコ(業務用10kg)を取り出し、奴に打ち付けた。鈍器のような確かな手応えとともに幾ばくかの粉が舞いあがる。そして今度のチョコレートは割れるような事は無く、その運動エネルギーのすべてを衝撃力へと転化した。俺の手にはテンパリングに失敗して粉がふいたような状態のハイミルクチョコレートが握られていた。
 俺は更にハイミルクチョコレートを何度も、奴に叩き付けた。確かな手応えを感じた。奴の顔は見る見る腫れ上がり、前歯がへし折られ、溶解しかけ飛び散ったチョコレートが奴の髪の毛にこびりついた。
 何度か打ち付けた時、俺の手からハイミルクチョコレートは滑りぬけた。奴はそれを見ると薄ら笑いを浮べながらゆっくりと立ち上がった。頭を振り、よろけながらではあるがゆっくりと立ち上がった。
 その目つきには「テンパリング不良のチョコレートは溶け易いんだよ」という、人を小ばかにした表情がありありと見られた。俺はハイミルクチョコだらけになった手に一度視線を落とすと、恐怖に駆られて駆け出した。どれほど走ったろう。俺はある物を見つけて立ち止まった。
 「これは!」
 タンクでコンチング*5途中の洋生コーチングチョコレート*6沖縄仕様*7、1000kgであった。これを奴にかけたら、奴は見る間に固まって動けなくなる筈。そう考えた俺は1000kg洋生チョコレート入りコンチングタンク(モータ、攪拌翼、冷却水入りジャケット付き)を抱え上げた。
 タンクを抱えながら、後ろを見るとアイスコーチングチョコのタンクが目に入った。ロールリファイナーやボールミルテンパリングマシンも有る。これだけあれば、まだ、戦える。

 まだ、たたかうんかい!(以下 次号は・・無いと思うが)

チョコレート

注釈
*1  チョコレートを作る場合の目安として以下の原料比(%)となります。
被脂肪カカオ分 砂糖等甘味成分 粉乳
ハイミルク 4〜6 34〜51 24〜39
ミルク 6〜10 31〜53 14〜20
セミスイート 10〜15 40〜60 5〜14
スイート 15〜22 37〜55 0〜5
ダーク 22〜26 39〜48
*2  純良をうたうのは大変なのだ。公正取り引き規約で下記のようなチョコレートが分類されています。ココアバター、被脂肪カカオ分、乳成分の比率で分類がされます。詳しい事は待て次号。
  ・純良(純)チョコレート
  ・チョコレート
  ・準チョコレート
  ・チョコレート利用食品 
 日本で売られているチョコレートの大部分は準チョコレートに分類され、ココアバター以外のCBE(ココアバター同等油脂)が使用されています。アイスのコーチングに使うのはチョコレート利用食品ですね。
*3  チョコレート(この場合は板チョコ)は主要油脂にカカオバターが使われておりテンパリング(結晶調整)を行う事により、油脂結晶がα→βプライム→βへと変化します。安定したβが形成される事によって、光沢の有るパリンと割れる、手では溶けないが口の中ですぅっと溶ける性状が得られるのです。大まかには上記の三つの結晶形態ですが研究の結果、油脂結晶の遷移はT型〜Y型まであり、X型、Y型結晶であればテンパリングが良好な情態です。
 明○製菓にはチョコ結晶で博士号を取った人もおり、油脂業界、チョコ業界では信じられん事にこんな物を調べるために電子顕微鏡やNMR、DSCといった高価な機械が一般的に使用されていたりする。ちなみに○治製菓にはグミの画像解析で博士号をとったグミ博士もいるそうで。それを言ってしまうと京都府立大には食パンの表面をランドサットの画面処理ソフトでスキャンしてパンの軟らかさの指標を研究しとる人もおったなぁ。
*4  テンパリングが取れていないと粉がふいたような状態になり、パリンと割れない。
 チョコレートの結晶調整を行う事。一般的には45℃前後で溶解された状態のチョコレートの品温を冷水で、約30℃まで下げた後、約33℃に加温し、ランダムに発生した油脂結晶の中で33℃以下のα、βプライム結晶を消滅させる事(βは34〜36℃の融点のため種結晶として残る)。ちなみに30℃以下まで下げていくと約25℃で、温度降下は止り、29℃くらいまで温度が上昇する。これが油脂の結晶熱ってやつだ(Jansen@Cooling Curve法で測定して見よう)。
*5  コンチングとは他の食品で言えば熟成に当たる工程です。丁寧に攪拌を行う事によって乳化・分散を向上させる。チョコレートの水分を飛散させ、粘度を低減する。揮発性有機成分を蒸発させ不快臭を除去する等々の役割があります。コンチングは8時間〜48時間行い(製品によってまちまちですが)、チョコレート製造工程上のネックとなり易い工程です。また、コンチング中の温度管理をしっかりしていないと摩擦熱で蛋白質が変性してしまい、原料を駄目にする事があります(3トンとか駄目にするとこれは痛いって思いますぜ)。
*6  洋生チョコレートとはカカオバターの使用比率を押さえ、更にテンパリングもとらないかたちで使用されるコーチングチョコレート等の総称です。コーチングチョコって言うのはバナナチョコのかかっているチョコやケーキにかける奴ですね。早く乾くようにラウリン系(C12系)のヤシ油、パーム核油などを主原料として使用します。ヤシ油、パーム核油は石鹸の一原料に使用される(油を精製する時に石鹸の原料が除去され、石鹸の原料となる)油で、径時劣化で石鹸臭を発するのだが速乾性があり、口どけもよい。
*7  沖縄仕様。洋生チョコレートの油脂配合比は季節によって変更され融点(口どけ易さ)が変わります。融点28℃くらいのものから融点50℃(絶対口では溶けない)くらいのものがあります。沖縄仕様というのは40℃以上。




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